夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

ハローサマー、グッドバイ/マイクル・コーニイ

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

地球ではないどこかの惑星、夏休みを港町の別荘で過ごしにきた政府高官の息子ドローヴは、宿屋の娘ブラウンアイズと再会を果たす。身分違いの恋とひと夏のジョブナイル。

さわやかな表紙絵と思春期の少年少女達の海の冒険、初恋の行方などなど恋愛小説部分を300ページまでちんたら読み、別に地球外惑星の設定でなくてもよくない?でも狂った伯母のエピソードと、途中で行方不明になっていく登場人物達が妙に気にかかるなと思いきや、じわじわ忍び寄ってくる戦争の足音、ラスト50ページで急にSF設定(惑星)が活かされ、こんな救いようのないオチ!と絶望して、最初の章を読み返してみると伏線に気がつき、おいおい違うぞ希望で終わるオチだぞこれはと理解する。これが大どんでん返しでSF史上屈指の青春恋愛小説と絶讃される所以かと納得です。

政府高官の息子主人公君が親の権威に保護されているのに反抗期で生意気で、純粋そうなヒロインも実は小悪魔的で計算高く、サブヒロインは美少女からびっくりするぐらい落ちぶれていったりします。とにかく登場人物が皆難ありなんだけど、それが印象深く感じてしまう不思議な小説。

政府をはじめ上級階級の人々が、一般市民を捨て置いてせっせと保身に走るのはよくあるけど、さらに上級階級の中でも裏切り締め出しをはじめるので、はてしなくクズで人の心は怖いなぁと感じました(人じゃなくて異星人だけど)。

続編があるようなので、速攻でポチりました。

 

ヘミングウェイごっこ/ジョー・ホールドマン

ヘミングウェイごっこ (ハヤカワ文庫SF)

ヘミングウェイ愛好家のホールドマンが描く、実際にあった「ヘミングウェイ原稿紛失事件」を元に、贋作をめぐるコンゲームからまさかの多次元宇宙SF。

ヘミングウェイ専門の大学教員ジョンは、とある詐欺師からヘミングウェイの贋作を作る話を持ちかけられる。もうけ話に乗り気満々の嫁、良心が痛みつつも贋作を作る誘惑にそそられるジョン。まずは当時のタイプライターと紙を入手と、とんとん拍子に進むミッション、嫁が詐欺師と不倫急接近。前半は詐欺話がメインのテンポ良いコンゲーム

そしてジョンが贋作を書こうとすると、神ヘミングウェイが登場(!)し、「贋作などやめんか」と怒り殺されてパラレルワールドへ飛ばされてしまう。そうして飛ばされていく多世界はだんだん悪い方向へ進み…というお話。

愛人登場でエロエロな展開、作家ホールドマン自身のベトナム戦争体験も交えたリアル戦闘シーン、グロイ死の瞬間などなど、話も変だしハードとソフトな表現を行ったり来たりするのでなんとも奇妙な小説です。へんな小説大好き大森望氏の翻訳もぴったり。

 ヘミングウェイSFは、ブラットベリの『キリマンジャロ・マシーン』に続く2作目ですが、偉大なるパパはネタの宝庫ですな。

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ハロー、アメリカ/J・G・バラード

ハロー、アメリカ (創元SF文庫)

20世紀末に石油が枯渇しエネルギー危機におちいった21世紀初頭、アメリカ合衆国は砂漠とかした。誰もいない砂のニューヨークに上陸した探検隊は西を目指すが…というお話。

前半は海水に沈んだ自由の女神像の衝撃と無人のニューヨークからのGo West、食料も水もない砂漠のアメリカ大陸でのサバイバルで徐々に狂っていく探検隊。でも生き残った原住民もいて、ギャングスター族、アストロノート族、ギャンブラー族、ゲイ族、プロフェッサー族と職種カテゴリー分けになっていて面白い。女の子は素敵なコピーを作ってくれるからゼロックスって名前をつけるんだって。なんじゃそりゃ。

後半、ラスベガスになんとか到着し、そこでモンローやシナトラのホログラムステージが登場。このシーンは観たことがあるぞ『ブレードランナー2049』がまさに同じく砂まみれのラスベガスでホログラムステージ中にデッカード登場したとこ、あのシーンはJ・G・バラードへのオマージュだったに違いない、絶対そうだと勝手に判断して萌える。

そして西海岸では自称大統領とマッドサイエンティストが登場して、バラード節炸裂。突然高性能な兵器が出てくるので、それまでスチームパンクだったのに急にヤマトの波動砲になったような違和感。なんだかよくわからないうちに話が終わってしまったけれど、バラードの屈折したアメリカ愛が溢れる作品でした。

本書『ハロー・アメリカ(1981)』に出てくる自称大統領は第45代大統領なんですが、現実の45代大統領はドナルド・トランプなんですね。核のルーレットで遊ぶ姿とかもう予言的中で震えるわ。

 

宗教がつねに砂漠で始まったわけが、ぼくには理解できるー砂漠こそ、人の心の延長みたいなものなのだ。荒野であるどころか、どの岩も平うちわサボテンも、どのほりねずみもばったも、あらゆることが可能な魔法の領域、人の脳の構成要素であるように見える。この白さもまた、いまぼくが仲間をそこへ導こうとしている、何か新たな真実に近い者のような気がしてならない。

 

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翡翠城市/フォンダー・リー

翡翠城市(ひすいじょうし) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 5045)

天然の翡翠が採れるアジアの小島、ケコン島。その島の民族は翡翠から怪力、敏捷、医療、感知など、人知を超えた能力を引き出すことができる。翡翠の力を操れる”グリーンボーン”達を率いる〈無峰会〉は、宿敵〈山岳会〉との縄張り争いが絶えず…というSFアジアン・ノワールなお話。

SF的な設定は翡翠の力というところで、組織抗争劇メインのほぼゴッドファーザー。作者(女性)は中国系カナダ人で、父が大ファンだった香港ヤクザ・カンフー映画を観て育ち、空手とカンフーの黒帯所持者。まさに映画秘宝が特集号を出しそうな世界観で、翡翠バトルはもろにドラゴンボール的バトル。

キャラクターが立っていて、特に主役のコール家3兄妹がかっこいい。アクションもロマンスもてんこ盛りで、血しぶき描写にぐふっときて、休み休み読み上げました。

「何かを得れば何かを失う」という鉄則が守れていて、全然チートじゃないのがいい。半ボケ老人の先代をたてているたがため、組織の中心になれず改革できずにいると、敵対する組織からボッコボコにやられ、そこからギリギリで反撃する後半。そしてオチが落ちない、まだ翻訳されていない続編があるようですね、これは楽しみ〜。

ところどころで出てくる「ぴしゃりと言った」という描写。ぴしゃり!ビシッ!!という擬音語が見えるようでした。

息吹/テッド・チャン

息吹

 2020年あけましておめでとうございます。このブログも7年目に入りました。誰かが読んでくれている…というほどよい緊張感とともに書き続け、前に読んだ・観たあれってどういう話だったけと備忘録として大いに役立てているので、続けられる限りは継続していこうと思っています。本年もよろしくお願いいたします。

 さて、新年第1回のエントリーは昨年12月に待望の新作発表となったテッド・チャンの短編集『息吹』。新作に17年もかかったのは、テッド・チャンが兼業作家さんで、本業はテクニカルライター(取扱説明書を書く人)だから、それはそれは寡作な作家さんなのです。

『商品と錬金術師の門』『息吹』
2作品とも他アンソロジーにも収録されていたのですでに読んでいましたが、アンソロジーで読んだ時は「ふーん」という特に感想も思いつかなかったのに、今回読み返してみて鳥肌立つ立つ。私にとってテッド・チャンの書く物語は理解するのが少し難しく、2回目3回目の読み返しでようやく意味がわかり衝撃がくるようです。

『ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル』
AIという人工生物の飼育と教育の物語。子育てもAI育ても同じくらい苦労と時間がかかる。とても愛を感じるお話でした。

テッド・チャンテクニカルライターが本職だけあって、いつも文字をこねくり回し、時間をかけてピタッとはまるところを探しているのかなと思います。だから短い文章ですごい物語を書けるのかも。そして大森望氏の翻訳も大変上手い。最近大森氏の翻訳本ばかり読んでいる気がする…。

後半収録されている物語は半分くらいよくわからなかったので、自分の中で量子論の知識をもっと増やしたころに、また時間を置いて読み返すことにします。

 

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