夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

地球の果ての温室で/キム・チョヨプ

ダストという毒物の増殖により滅亡寸前だった大厄災から60年。ようやく復興を遂げて平和な時代になった。植物学者のアヨンは、謎の蔓草モスバナを調べていて、厄災から世界を救った女性たちの秘密にたどり着くというお話。

残りわずかな食物を奪い合う終末世界を描いた『ザ・ロード』みたいに殺伐としたところもあったけれど、物語が復興後から過去を振り返るので人類が絶滅していない安心感があり、自然の治癒力が描かれていて全体的に優しさを感じるお話でした。シスターフッド、女性たちのたくましさも強く出ていて良かった。

私は『ザ・ロード』は読んでいて途中で苦しくて挫折したので…。廃墟で腐った缶詰を食べる描写が続くのがつらたん。

自己表現が不器用なサイボーグのレイチェルと整備士ジスとの絡みが良かった。時間をかけてコミュニケーションをとっていくところも。そしてすれ違っていくところも、ホントに丁寧に書いていて。

レイチェルといえば『ブレードランナー』から命名したのかが気になります。

 

作者はコロナ禍で外出できない中、引きこもってこの本を書いたそうです。パンデミックを体験しながら物語に昇華できる作家の想像力はすごいな。

現地取材400日で見えた 検証 ウクライナ侵攻10の焦点/朝日新聞取材班

ロシアのウクライナ侵攻から1年経過した時期に合わせて出版された朝日新聞取材班による検証本。ウクライナ国内の取材やインタビューだけでなく、アメリカ・ロシア・ポーランド側からの取材も掲載されていて、多角的な視点がまとめられていてとても良かったです。

この本の執筆者達が宿泊していたキーウのホテルが爆撃され、怪我を負ったのは1月でした。国末さんをTwitterでフォローしているので、本当にびっくりしました。これからも気をつけて引き続き現地取材と現地の生の声を伝えて欲しい。

日々のニュースでももちろん関心を持って見ていますが、節目に立ち止まって全容を振り返られる本は大事。

この本を読んでいる最中に、NHKスペシャルウクライナ大統領府 軍事侵攻・緊迫の72時間』が放送されました。プーチン宮殿はウクライナもロシアも共に地獄に落とし続けている。とてもよくまとめられたドキュメンタリーだったので、再放送を録画して子どもにも見せました。

 

本書で付箋をつけた箇所はこちら。

 ロシア軍による占領を乗り越え、得られた教訓はあるのだろうかーー。そう尋ねると、コザクさんは「相手とのコミュニケーションを取ること。争わないこと」と言った。

「敵が侵入してきても、交渉をして共通認識を探る。それしか、私たちには道がなかった。原発は簡単にスイッチを切って放置できるものではないのですから。」
(第6章【原発】P181)

 

 米中対立の下、中国でも勇ましい言葉が幅をきかせているが、「中米間のコミュニケーションの質が落ちている。(双方の)『政治的正しさ』におもねる政治ショーがあふれ、多くの疑心やパニックを生んでいる」
(崔 天 凱・前在米大使)(第10章【全貌】P294

そしてコロナ禍で2年間、極度に対人を拒絶して引きこもりネトウヨとなったプーチン。世界中がネットワークで繋がる時代がコミュニケーション不足になるって一体なんなんだろう。

火星人ゴーホーム/フレドリック・ブラウン

突如地球に現れた10億人の火星人たち。小さな緑色をしたゴブリンみたいな火星人の体に触れることができないので、あらゆる武器・化学兵器が効かず、透視能力を使ってすべてをネタばらしする意地の悪さから軍隊崩壊、経済崩壊、メディア崩壊に夫婦仲まで崩壊する人類のドタバタ喜劇SF。

性悪コメディアン火星人という設定が逸品。とにかくウザい。めちゃくちゃウザい。こんなのが日常生活に入ってきたら誰でも気が狂うので、精神科とカウンセリングが大繁盛したりする。攻撃を受けるわけでもなくあっけなく崩壊していく世界も逆に痛快。

1964年、人里離れた丸木小屋の別荘(友人所有)に滞在していたスランプ気味のSF作家ルークが、突如火星人の訪問を受けるところから物語はスタート。

後半は、「この宇宙は俺の妄想なのでは?」という哲学の唯我論にもっていちゃうところもすさまじい。カルトB級映画っぽい実写映画化されているんですね。

シナモンとガンパウダー/イーライ・ブラウン

海賊冒険×お料理小説。時は19世紀イギリス。海賊船に拉致された貴族お抱えの料理人ウェッジウッド。調理設備最悪、乏しい食材で週に一度、女船長マボットのためだけに極上の料理を作れ、さもないと殺すと脅される。経験とひらめきを駆使してシェフの腕を振るうが、敵船との攻防も待ち構えていて…というお話。

ウェッジウッドの日記調で物語は進む。彼は何度も脱走を試み、見つかるたびにフルボッコにされつつも料理はプライドをかけて完璧に仕上げる。長い船旅で海賊たちと交流を深めていき、気が付けば敵船を攻撃した後に食材や調理器具を奪いに乗り込んでいったりしちゃうところとか最高でした。敬虔なるクリスチャンなのに、なんだかんだで七つの大罪を犯してしまっているし。ウェッジウッドが海賊たちからワルを教わり感化されていく過程が面白かった。

そして女船長マボット。なかなか壮絶な人生を歩み奥深い人格として描かれていて、率直に言うとカッコいい!博愛・友愛・慈愛を持つ女神であり残虐な悪魔。そして個性豊かな海賊たちもキャラ立っていてよき。最後の死闘は読みごたえがありました。

ウェッジウッドとマボットが二人で料理を食べるところはエロい。料理は愛だな、愛。

フォワード 未来を視る6つのSF/ブレイク・クラウチ編

「近未来をSF小説で想像してみる」というコンセプトでは、同時期に文藝春秋から出た『AI 2041 人工知能が変える20年後の未来』がかなり気になっているけれど、三体0も購入したことだし、中堅どころの作家さん達のアンソロジー文庫の方をセレクト。

 

■夏の霜/ブレイク・クラウチ

オンラインゲームのNPCだった「マックス」をゲームから隔離して、AIとして深層学習で育てあげたら…という、スリラーSF。創造主(プログラマー)は壮大なしっぺ返しをくらうのもお約束。プログラマーのライリーと、AIマックスのレズビアンを匂わせる関係も面白かった。たとえ2億冊以上の本を読み込み深層学習を進めても、愛と人間関係は得られないんだな。

 

■エマージェンシー・スキン/N・K・ジェミシン

環境破壊が進み壊滅的なダメージを受けた地球を捨てて、別の太陽系へ移住した人間の末裔が、故郷である地球探査にある男を送り込む話。男の脳には人類保管計画的で合体したような集合知性が埋め込まれていて、命令する知性(われわれ)が男(おまえ)に話しかける記述で物語は進む。浦島太郎みたいな設定が面白かったです。

N・K・ジェミシンの『第五の季節』から始まる”破壊された地球三部作”も翻訳が完結したので、読むのが楽しみ。

 

■方舟(アーク)/ベロニカ・ロス

小惑星が地球衝突を免れないため、世代宇宙船に乗って移住していく人類。衝突間近まで地球に残り、遺伝子を保管するプロジェクトを進める科学者たちの話。終わりゆく地球の静かな最後を描いた良作でした。

ここまでの3作全てが地球と人類御破算物語ですよ。ちょっとブルーになる。

 

■目的地に到着しました/エイモア・トールズ

遺伝子操作と統計データに基づいた子どもの人生予測を提供している不妊治療研究所<ヴィテック>で、これから生まれてくる子どもの3パターンの運命を見る父親の話。

生まれる前から子どもをカスタマイズしちゃう未来。未来を想像しすぎると怖くて何もできなくなる。

 

■最後の会話/ポール・トレンブレイ

暗い部屋で目覚めた主人公とドクターの会話で構成される物語。『ドグラマグラ』みたい。こういう話の感想って何を書いてもネタバレになり書きにくいのでパス。巻末解説の言葉を慎重に選んだ文章が素晴らしいと思いました。

 

■乱数ジェネレーター/アンディ・ウィアー

貴重:宇宙に行かないウィアーの短編!ラスベガスのカジノ攻防話。一番期待していてなんだそりゃな感じでしたが。ウィアー短編集そろそろ出てくれないかな。