夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

中国・SF・革命/ケン・リュウ他

売れに売れた『文藝』の中国SF特集を単行本化。中国SFといっても、作家陣は華僑や中華系アメリカ人と日本人じゃんと思ったり。でも大陸を出ているからこそ中国の近代史を盛り込んだ物語が書けるのかな?中国にいると政治的に自由に書けないことも多そう。SF(サイエンス・フィクション)は冒頭のケン・リュウの短篇くらいで、他はあんまりSFしていない短編集でした。中国の歴史の流れを知らないとちょっと読みづらいかも。

最後に収録されている立原透耶氏のエッセイ「『三体』以前と以後」でおすすめしている紀大偉や韓松のSFが気になります。

 

阿房宮/郝景芳

小島の洞窟の中で見つけた始皇帝の塑像を持って帰った男が、始皇帝の魂に振り回される話。始皇帝のやばすぎる「やり過ぎ政策」がよくわかる。

 

■移民の味/王谷晶

途中でどこの国からの移民か、なんの餃子かがわかると断然面白くなる百合で餃子の話。本書の中では一番ほんわかしていて楽しいガールズトーク。彼女の親の祖国は今どうなっているのか心配(文脈から推測すると悲しいことに貧困国になっているのかな)

 

■ツォンパントリ/佐藤究

ツォンパントリは「髑髏の壁」という意味。日本に亡命してきた孫文のお話なんだけど、アヘン戦争と現代のメキシコ麻薬戦争が繋がっているとは知らなくて、歴史の勉強になりました。

 

ガタカ/Gattaca

 

 人工授精と遺伝子操作により、優れた「適正者」を生み出すことができる近未来では、自然妊娠で生まれた「不適正者」との職業格差と差別が発生している。不適正者であり、心臓の持病を抱えたヴィンセントは両親や弟からも疎まれるが、適正者でしかなれない宇宙飛行士に憧れ、適正者のDNAを使ってなりすまし、宇宙局「ガタカ」に採用されるというお話。

とってもクールでシリアスなSF映画。常に血液や尿などを使った生体認証で本人確認が行われる監視社会と徹底した差別。命に優劣をつけ選別する「優生思想」の極み。そんな社会で、犯罪とわかっていながらDNA検査を欺き、体を鍛えあげ努力して宇宙へ飛び立つ主人公の物語に、殺人事件からなる心理サスペンスをつけたして、美男美女の造形の美しさ、格好良さも堪能できる贅沢な映画でした。

室内や小道具も『2001年宇宙の旅』のようなスタイリッシュなデザインで、あまりメカニックな感じではないからSFっぽくないんだけど、でもビジネススーツで宇宙に飛び立っちゃうのはすごいなぁ。

三体Ⅲ 死神永生 上・下/劉慈欣

待ち遠しかった三体完結編。毎日読み終えた感想がTwitterで続々とあがり、みんな待ってくれと焦りながら読みました。

三体Ⅱで物語の軸だった「面壁計画」の裏で、極秘に進む「階梯計画」。それは三体艦隊にスパイを送り込む計画。スパイとして推薦されたのは余命幾ばくもない雲天明(ユン・ティエンミン)。彼はこの計画の中心となったエンジニアの程心(チェン・シン)を密かに想いながら宇宙に飛び立つという始まり。

三体・三体Ⅱの強い主人公達から一転、慈愛に満ちたやさしい女性主人公の程心と、雲天明の関係がまんまセカイ系で、『秒速5センチメートル』みたいだと訳者あとがきにも書かれていましたが、それより白髪の老人となり、悟りの極地にいる羅輯(ルオ・ジー)と程心の方が、『STAR WARS』のルーク・スカイウォーカーとレイの師弟関係みたいで萌えました。智子もね、和服で茶道からくノ一まで最強で最高だ。

下巻はもうどんどん宇宙の話が広がっていて、途中途中で本から目を離し、ぼーっと鳥の声を聞いたり、外に出て夜空を眺めたりして休みながらなんとか読み終えました。これを一気に読めた人すごいな。これがたった一人の想像力から生み出されたのもすごい。

翻訳者の大森望さんが言っていたけど、劉さんがすごすぎて、今後も中国SFブームで盛り上がっていきたいけれど、他に劉さんレベルがいないからバランスが保てないとか。確かに。なんか旧約聖書や仏教の教典みたいな、壮大すぎる宇宙の話だったんだけど、とってもエンターテイメントで面白すぎました。人工冬眠を繰り返し、世紀をまたいで旅した程心、お疲れ様。死神永生(死だけが永遠)、宇宙ですら永遠でないと。

 

 

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HELLO WORLD/野崎まど

HELLO WORLD (集英社文庫)

HELLO WORLD (集英社文庫)

 

これぞラノベというのを久しぶりに読む。ボーイズミーツガールを軸に世界がめまぐるしく変わっていき、最後まで疾走する。映画の方はまだ未見です。

本好きで内気な男子高校生の直実の前に、未来の自分と名乗る青年ナオミが現れて、衝撃の未来を知らされる。同じクラスの図書委員、瑠璃と付き合うことになるが、最初のデートで瑠璃が事故死する運命だと。この悲劇を変えることはできるのかというお話。

ツンデレ瑠璃とじりじり距離を詰めていき、初恋の照れくささに背中がかゆくなる前半と、量子記憶装置「アルタラ」の自動修復システムと戦い、何がなんだかわからないけど突っ走る後半。まさしく力業でねじ伏せていくところが野崎まどらしいなぁと思いました。あの武器がね、鈍器といえばアレですよね、さすがですね。

笑っている彼女にもう一度会いたいから、世界を一から作り直すという発想と行動はエヴァンゲリオンのゲンドウみたいですが、そもそもそのマッドサイエンティスト的な思い(過度な純愛)に共感できないので、セカイ系は肌に合わないなと改めて感じました。

宇宙からの帰還 望郷者たち/夏見正隆

宇宙からの帰還 望郷者たち (ハルキ文庫 な)

宇宙からの帰還 望郷者たち (ハルキ文庫 な)

  • 作者:夏見正隆
  • 発売日: 2020/01/15
  • メディア: 文庫
 

私の本棚で SFの文庫といえば早川書房東京創元社が一番多くて、河出書房新社竹書房以外の出版社ではSF本を出しているのかなと、本屋さんで普段はあまりチェックしない出版社の棚を探してみました。ハルキ文庫って海外SFがブラッドベリだけなのか…。

米中大戦によって放射能に汚染され死滅した地球。宇宙に脱出したわずかな人類は宇宙コロニーに住み、月の地下資源を頼りに宇宙生活を続ける。月往還船の船長・美島は行方不明になった地球環境調査隊の捜索ため地球に下りるというお話。

航空サスペンスの作家さんらしく、航空機の描写が細かくてすごい。総ページ数が250と薄いけれど、綺麗にまとまっていて読みやすかったです。

同じく放射能で死滅してゆく地球で、穏やかに死を受け入れる人々を描くネヴィル・シュートの『渚にて 人類最後の日』に対する返歌だなと思いました。どんなに辛くても最後まで生きることをあきらめないという逆のメッセージ。

大戦中にコロニー行きのシャトルに上級市民というか、権力者が一番先に乗って宇宙へ脱出したため、権力者優遇の格差社会がそのまま宇宙コロニーにあるのもかなりきつい環境。主人公達が鮭缶を開けるところから海の匂いを懐かしがるのが上手いと思いました。匂いって大事ですね。その後の鮭の遡上と地球の帰還を繋げるところもよき。

ネット上にあった他の人の感想で「『日本沈没』+『復活の日』、みんな小松の子!」というやつ、わかりみ〜。