夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

怒りの葡萄/ジョン・スタインベック

新潮文庫の『怒りの葡萄』を大久保康雄訳で読む。上記のamazonリンクは伏見威蕃 翻訳版です。岩波、早川と他にも様々な版元と翻訳があるようですが、大久保訳が推しとネットのどこかで見かけたので、図書館の閉架から出してもらいました。今では書くことができない差別用語も多々あり、だから新訳版がでるのかと納得。新潮文庫の今の表紙絵もいいですね、"タバコの付け火が葡萄(農民達)の怒りに着火する"かしら。

1930年代アメリカ、オクラホマ州の農地を干ばつと大資本家に奪われた農民達がGo West、カリフォルニア州へ仕事を求めて大移動する。ジョード一家を主軸に置き描く社会派ルポタージュ的小説です。

西への旅が主体の上巻では、11人と大家族のジョード一家も死んだり行方不明になったりで、下巻でようやく辿り着いたカリフォルニアでも仕事にあぶれ、また地主から搾取されまくると辛い展開。そんな中でも精神的な大黒柱であるママ・ジョードの頼もしさがありがたかったです。

怒りの葡萄』を読むきっかけは、映画『パブリック図書館の奇跡』。公立図書館に立てこもったホームレスを支援する主人公の司書が言う"文脈"で、この『怒りの葡萄』の一節が引用されたから。本当に読んで良かったです。

「腐敗のにおいが、この土地に満ちわたる。」
「告発してなお足りない犯罪が、ここではおこなわれている。泣くことでは表現できぬ悲しみが、ここにはある。われわれのすべての成功をふいにする失敗がある。」
「人々の目には失望の色があり、腹を減らした人たちの目には湧きあがる怒りがある。人々の魂のなかに怒りの葡萄が実りはじめ、それがしだいに大きくなってゆく―収穫のときを待ちつつ、それはしだいに大きくなって行く。」

宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選/立原透耶 編

 

中々に読み応えがあり、大満足の短編集でした。色々な中華SF作家さんを紹介していただいていて、前書き後書きの解説も面白い。翻訳家さん達の個別紹介まで!手が込んでいます。

 

▪️生命のための詩と遠方/顧適

18年前に参加した海洋汚染処理の国際コンペ。原油やプラスチックゴミから別の生き物を生み出すロボットが、実は海底でまだ作動している…?という話。直接的に役立たない詩と遠方こそが、新しいモノを生み出す。


▪️小雨/何夕

画家と女子と画家の三角関係。揺れ動く心理描写がお見事。


▪️仏性/韓松

ロボットの間で禅宗ブームが起きて、チベットの奥地の寺院のラマ化身がロボットという話。ロボットと仏性、一番興味あるテーマです。


▪️円環少女/宝樹

職業不定の父と2人暮らし。十代半ばの少女が自分の生い立ちを探っていく独白型ミステリー仕立て。男のエゴがキツい。


▪️杞憂/陸秋槎

春秋時代の古典「杞憂」の由来を元にしたSF。からくりロボットみたいな兵士の描写が楽しい。あいやー、天も星も落ちてきちゃうんですね。


▪️女神のG/陳楸帆

先天的に子どもを産めない体の女性の人生の話。読みながらサザンの「マンピーのG★SPOT」がぐるぐる脳内を流れていました。


▪️水星播種/王晋康

科学者のおばさんが亡くなり、甥が相続したのは、ナノ生命体を水星で長い長い年月をかけ養殖させる研究。中華SFは、気の遠くなるスパンをぐっと引き寄せる話を作るのが上手いよね。


▪️消防士/王侃瑜

人間の意思を機械に引き継げる未来、業に囚われた消防士の話。犯罪者になった理由が攻殻機動隊の世界観に似ている。


▪️猫嫌いの小松さん/程婧波

タイ北部チェンマイで外国人が住む集落での猫の話。いつSFになるんだろうと思って読んでいたけど、ちゃんとSFだった。しかし小松左京チルドレンがここにも。中国女性SF短編集『走る赤』でも、日本を舞台にしたSFを書いていた作家さん。小松左京って中国で人気なんだな。


▪️夜明け前の鳥 /梁清散

▪️時の点灯人 /万象峰年

▪️ 死神の口づけ/譚楷

旧ソ連を舞台にした炭疽菌パンデミックSF。因果応報辛い。でもこの短編集の中では、一番読みやすかった。


▪️一九二三年の物語 /趙海虹

▪️ 人生を盗んだ少女/昼温

脳に接続されて全てを持っていかれるホラーSF。同時通訳者のスキルの高さがすごい。


▪️宇宙の果ての本屋 /江波

本屋じゃなくて図書館でもいいのでは…と思いつつ、宇宙戦艦まで出てくる物々しさが好き。

白亜紀往事/劉慈欣

正月に炬燵で読みました。時は白亜紀、アリくんと恐竜くんの協働社会のお話。

アリが人海(蟻海)戦術で演算するあたり、同じ作者の短編『円』を思い出しました。劉氏が諸行無常、栄えては滅びの物語が十八番なのは、中国四千年の歴史観が土台にあるからかなと推測したり。『三体』もそんな物語でした。

そうそう、『三体』の文庫化!ようやくですね。通学時に重たい単行本を抱えて、まさに今『三体』を読んでいる娘が、ぐぎぎぎと歯軋りしていました。私は『三体』を面白く読んだけれど、登場人物の細かいところを忘れてしまって、『三体X』がまだ読めていないんだよ。もういっぺん読み返すしかないのかな。オーディオブックがよさそうですね。

タイタンの妖女/カート・ヴォネガット・ジュニア

昨年末にアカデミー賞を獲ったSF映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(長い!略してエブエブ)を見ました。監督さんはヴォネガットの影響を受けたとインタビューで答えていたので、キー・ホイ・クァン扮する主人公の夫ウェイモンドが「人には親切に」とよく言っていたからそれか〜とか思っていたけど、いやいや『タイタンの妖女』の点と点を結ぶマルチバースな世界観が元だったのね。

爆笑問題太田光氏が大絶賛していて、所属事務所の名前「タイタン」もこの本のタイトルを元につけたというエピソードが有名です。いやはや面白かった。もっと早くに読んでいたらよかったと思いました。ラストのオチ、そんなことのために人類は進化してきたんか〜い(ツッコミ)が最高です。

時間等曲率漏斗とやらに飛び込んで波動現象になってしまい、宇宙のあちこちに存在してまれに実体化するラムフォードと愛犬カザック。
そんな神様?ラムフォードが、主人公である大富豪コンスタントを火星〜水星〜地球〜土星の衛星タイタンへと受難の旅に立たせるお話。

ユーモアな語り口調も楽しめたし、物語に入り込めたと思ったら、すぐ場面展開してテンポが良いです。何よりも登場人物が、慈悲のある最後を迎えるので良かったね(泣)と思えます。絶対死にたくない死に方ばかりするスティーヴン・キングの小説とは真逆。いい年した中年の自分には優しい物語が沁みるのです。ヴォネガットいいな〜。

ジェイクをさがして/チャイナ・ミエヴィル

2024年あけましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願いいたします。
昨年はのんびりと更新していました。今年も多分そうなります。自分の仕事の形態が変わってしまったので、仕事が忙しいことは良いことなのですが、その分読書数が減ってきました。老眼もじわりと進んできて、「これか!これが先人たちが若いうちに本を読んどけっと言っていた理由は!」と身に沁みています(なんか同じこと何回も書いている気がする)。でも積読山の中にまだ見ぬ景色が待っているので楽しみです。

年末に読み終えた本はチャイナ・ミエヴェルの短編集『ジェイクをさがして』。ミエヴェルの近影が、まあかっこいい。惚れちゃいますね。SFというよりは怪奇小説、ダークファンタジー。途中で話が強制終了し、後のことは想像にまかせた!と結末を読者に委ねるパターンが多々ですが、ゾクゾクした余韻が残るのが良かった。以降は読書メモ。

 

◾️ジェイクをさがして

退廃したロンドンでジェイクを探す話。一人称でジェイクに語りかける形で進む。ホラー系のゲームのオープニングみたい。

 

◼︎基礎

一部は実話っていうのが一番怖い

 

◾️ボールルーム

ホラー短編。幽霊が消えた跡には床が濡れているのが日本っぽい。

 

◾️ロンドンにおける"ある出来事"の報告

神出鬼没のヴァーマン通りの話。濃霧につつまれたロンドンの街をイメージしながら読みました。

 

◾️使い魔

魔法使いから破棄された使い魔が、ロンドン中を巡り様々なモノを吸収して成長していく話

 

◾️ある医学百科事典の一項目

これは異常論文ですね。

 

◾️細部に宿るもの

壁のシミが人の顔に見える「バレイドリア現象」をホラー寄りにした話。

◾️仲介者
◾️もうひとつの空

アンティークショップで買ってきた窓を部屋に取り付けたら…というお話。異界への扉。

◾️飢餓の終わり

慈善団体を馬鹿にした者への報復の話。タイムリーで怖い。

◾️あの季節がやってきた

まさにクリスマスに読んでいたので笑いました。TMマーク!唯一のコメディっちくなお話。

◾️ジャック

悲しき人造人間。もっと続きが読みたい。

◾️鏡

ローカス賞の中編。鏡の中に別の世界があり、ある日そこから○○が出てきて大殺戮が始まる…というお話。ゾンビなの?吸血鬼なの?ボルヘスを読めばわかるのかな。

 

◾️前線へ向かう道

最後は劇画。雰囲気を楽しむマンガ。