夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

ネットワーク・エフェクト マーダーボット・ダイアリー/マーサ・ウェルズ

待ちに待った続編。発売当日に近所の本屋に行ったら、「県内には入荷していますが、当店には分配されませんでした」とか言われ、隣の市までクルマを走らせ、ラスト1冊をゲット。次回作は予約することにします。そしてほくほくと帰宅したら娘に取られて先読みされる。通学中にニヤニヤしながら読み、マスク着用で助かったと言っていました。

コミュ症で人間嫌いなんだけど連続ドラマ大好き、そして修羅場に強く頼りになる警備ユニット”弊機”の宇宙さすらい物語の続編。今回は連ドラに耽溺する暇もないくらい敵襲にあう大長編作。「ARTの○○野郎」「弊機の勝ちです。○○○」など、中原さんの名訳も冴え渡る出来栄えで始終萌え萌えでした。

弊機とARTの掛け合いがあまりにも楽しかったので、久しぶりにファンアートまで描いてもうた。

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警備ユニット弊機の戦闘は、激しい銃撃戦の最中にドローンの映像を解析し、コードを書き、セキュリティを破り、仲間とフィードで会話して、なんなら連ドラのお気に入りの回を見ちゃうという、このマルチタスク戦を実写化するとしたら、映画『search/サーチ』のような、フィード画面だけで展開するのが面白そう。だけど情報量過多で観客の理解が追いつかないか。

そういえば、ネットで見つけたマーダー・ボットQ&Aも、原文や自動翻訳だといまいちなので、ぜひ中原さん訳で読みたいです。次回作の巻末付録につけて欲しいです。

Feelings REDACTED: What Happens When Murderbot and ART Talk to Instagram | Tor.com

蛇の言葉を話した男/アンドルス・キヴィラフク

「これがどんな本かって?トールキンベケット、トウェイン、宮崎駿が世界の終わりに一緒に酒を吞みながら、最後の焚き火を囲んで語っている、そんな話さ」「『モヒカン族の最後』と『百年の孤独』を『バトル・ロワイアル』な語りで創造した」という帯文に釣られて読みました。装丁もカッコよくて、表紙のフォントも色もモロ好みだし、カバーを取ったら素晴らしいサラマンドルの絵が現れます。

エストニア文学の中世ファンタジー。蛇の言葉を話す森の人と、農業を営む村の人と、鉄の男達(騎士団)がぶつかるお話。

帯文が優秀すぎて、本当にトールキンベケットでトウェインで宮崎駿でした。宮崎駿作品では『未来少年コナン』の中盤、ハイハーバー島の話に似ているかも。自分達でツリーハウスを作り、自由に生活したいコナンとジムシーに対して、協働社会を強制してくるラナとハイハーバーの人達というあの構造。

エストニアってキリスト教がそんな扱いなの?と歴史に興味がわいたり。司祭の娘マグダレーナの野望が、古代と近代の融合を息子で目指していて思わず唸ったり。

主人公のサディスティクな祖父が出てくる辺りで急に物語が動き出し、読み終えた最初の感想は「こんなに人が死ぬとは思わなかった」です。おじいちゃんはヤバ爺すぎて死神みたいだった。そして主人公の絶望と孤独、何も残せないまま物語が閉じていくことに震えました。

茂木外務大臣の感想が知りたい!

はい、チーズ/カート・ヴォネガット

今年も河出文庫がグランドフェアをやっていて、2冊買うとブックカバーがもらえる!っていうんで購入(フェアは9月末まで)。市の図書館にヴォネガット短篇集があるんだよなーと思いつつ。でも円城 塔氏の文庫版解説が入っていたから良し。あいかわらず円城氏らしい意表をつく視点で解説されていて、面白い事考える方だなと感服しました。本編もガチSFではなく、なんとなくSF風味ですが、ヴォネガット作品はどれもラストのセリフが痺れる。

 

■FUBAR

会社の体育館地下という隔離されたオフィスで閑職の男の元に、新人社員が配属されてくる話。フランシーヌが本当にいい子でほんわかする。

 

■ヒポクリッツ・ジャンクション

夫婦喧嘩の最中に訪問販売に来てしまったセールスマンの話。コミカルで面白い。急にお金持ちになってセレブになると色々大変ね。

 

エド・ルービーの会員制クラブ

仲良し夫婦でちょっと奮発してレストランに行っただけなのに…そんな「スマホを落としただけなのに」的な状況から事件に巻き込まれて冤罪をかけられる話。大変痛快に解決するので良き。

 

■ナイス・リトル・ピープル

ペーパーナイフ型の宇宙船に乗ったミニマム宇宙人が出てくるからSFなんだろうけど、そりゃないぜっていうブラックなオチ。ナイスなの⁈

 

■はい、チーズ

バーのカウンター席で酒を飲みながら愚痴っていたら、顔写真を撮られて…という話。喪黒福造に騙されたような。表題作で、表紙絵もこんなに可愛い絵柄の本なのに、笑ゥせぇるすまんが頭の中で踊ってました。

 

 

ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース柴田元幸翻訳叢書

柴田さん訳の「英文学」名作短篇集。イギリスというと、この表紙絵のように灰色で霧がかっている黒のイメージ(逆にアメリカは太陽さんさんで乾燥している感じ)。どの短篇も太陽光の少ない、陰湿なイギリスらしさが感じられました。

 

 

アイルランド貧民の子が両親や国の重荷となるのを防ぎ、公共の益となるためのささやかな提案/ジョナサン・スウィフト
最初から頭突きをかまされる!つかみはOK。

 

■死すべき不死の者/メアリー・シェリ
フランケンシュタイン』の作家。編訳者あとがきで「言い出しっぺの強さがある」と書かれていますが、グループSNEソード・ワールドじゃないの?と思えるほど古さを感じない。1833年かぁ。

 

■しあわせな王子/オスカー・ワイルド
児童書向けに挿絵多めで話を絞ったのは読んだことがあるけれど、がっつり原作を訳しているのは初めて。ツバメが暖かいエジプトの思い出を語り、早く南国に旅立ちたがっているのに、自分の願望の小間使いを強制させる王子。また物語の別の視点がみれました。

 

猿の手/W・W・ジェイコブズ
こちらも有名なお話なんだけど、原作がここまでホラーだとは。行間からしみ出してくる怖さ。時計の針の音、階段のきしみ、壁の中のネズミの声、ドアノックの音など、音の使い方!最後は読者の想像力に丸投げなんだけど、絶対にバットエンドしか思いつかない。

 

■運命の猟犬/サキ
サキのブラックな皮肉が素晴らしいと絶讃していたのはエッセイストの中野翠さんで、その影響を受けて短篇集を持っています。行き倒れしそうな主人公が、行方不明になった貴族の放蕩息子になりすまし、豪邸で使用人に坊ちゃま坊ちゃまとちやほやされてお世話されるが…というお話。運命の猟犬とは痺れる表現。

 

■象を撃つ/ジョージ・オーウェル
青年期にビルマで警察官をしていたオーウェルの自伝的?短篇。ビルマで暴れ象を退治する話。ビルマにおいて、帝国主義の英国人である自分の立ち位置を痛いほど表現していて、心の葛藤がすごかった。

雪男は向こうからやって来た/角幡唯介

角幡さんはストイックでカッコいい。いつも冷静に客観視する人で、未知なる領域への冒険に入念に準備してからチャレンジする冒険家。だから未確認生物みたいな眉唾で怪しいものとは無縁…というイメージがあったのに、今回は「雪男の捜索」なんです。でもそこは元新聞記者の角幡さんなので、雪男捜索隊に参加しつつも、雪男に魅了されて追いかけている人を追いかける話。

ルバング島のジャングルで30年間サバイバル生活をしていた日本兵小野田寛郎さんを描いた映画がこのほど完成したそうです。私は高校生の頃に小野田さんの手記を読んで、素直に感動したけれど、その後手記を書いたゴーストライターの暴露本を読み、小野田さんはかなりヤバイ人だったという印象。

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『雪男は向こうからやって来た』には、その小野田さんをジャングルで「発見」した鈴木青年こと鈴木紀夫さんが、一躍有名人になった後に誰からも”小野田少尉の鈴木”と呼ばれるのが重荷になり、雪男捜索に人生をささげていく過程を、角幡さんが丁寧に追いかけています。この本であの鈴木青年が出てくるとは思わなかったので驚きつつも、小野田少尉が映画になるなら、執念で追いかけた雪男の鈴木も映画になって欲しいな。

ラストの現場検証と鈴木さんが雪男をみたという確信は胸熱でした。