夜空と陸とのすきま

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あなたのための物語/長谷敏司

あなたのための物語 (ハヤカワ文庫JA)

人工神経制御言語・ITP開発者のサマンサは、不治の病のため余命半年を宣告されたが、残された時間をITP商品化のための難題解決に注ぎ、命を賭けて仕事に打ちこむ。サマンサを見守る仮想人格≪wanna be≫は彼女のために小説を書くというお話。

初っぱなからサマンサの壮絶な死を描き、半年前に戻って死に向かうサマンサと≪wanna be≫のやりとりを丁寧に紡いでいきます。オチが分かっているとはいえ、全内臓の炎症を起こし吐血しのたうち回るサマンサが痛々しく、こちらもお腹が痛くなってきたりで結構読むのがつらい。読後の満足感も素晴らしいお話だったと思いましたが、正直手もとに置きたくないくらいのトラウマ。いずれ一箱古本市あたりで手放しますんで、次の人に届け!

舞台となる西暦2083年の本は、パブリックドメインとなった小説を簡易製本機で文庫本にして読む時代。「無料であることより、時間のほうが大切だと悟ったとき、サマンサ・ウォーカーは小説を読むのをやめた」という出だしから、サマンサが大好きだった読書を忌み嫌う理由がぽつぽつと出てくる。

「絶対必要なわけではないから、好かれなければ気に懸けてももらえない。みんな物語と同じよ。本当は必要ないから、自由でいられて、ときどき特別な物に見えるのよ」

十五歳のころ、実家で物語を読んでいた日々がよみがえった。彼女は”物語”で人生を学んだ。死が恐ろしいのも、それ煽る”物語”が多すぎて印象が焼き付けられたせいだと思った。そして、生を輝かせる“物語”が、必要以上に命を惜しませるのだと恨んだ。

しかし、最後に≪wanna be≫が書いた“自分自身のことばから解放されるため”の本をかかえ、むさぶるように読みふけるサマンサで終わる。決してひとりぼっちで死ぬのではなく、≪wanna be≫の書き続けてきた物語と一緒というのが泣けてくる。

 

この本を読んでいたときに、娘から「ド嬢3巻の最初に出てきた本だね」と言われました。10代の記憶力恐るべし。漫画の中でSFオタクの神林は絶讃してたけど、高校生でこれを読んでトラウマにならない?私は歳を取るごとに死が見えてきて怖いよ。

 「ド嬢3巻」では合わせてトルストイの『イワン・イリイチの死』も『あなたのための物語』とプロットが同じだと紹介されています。宿題の読書感想文に「死」を書く長谷川さんすごい。