夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

世界の終わりの天文台/リリー・ブルックス=ダルトン

世界の終わりの天文台 (創元海外SF叢書)

「戦争が始まるらしい…」という噂を最後に総人類の気配が消え、北極圏に一人取り残された老天文学者と、木星探査機で宇宙にいるクルー達のセクションが交互に進むお話。

天文学者の元にはなぜか少女が現れ、共に厳寒の地で生活を始める。一方、木星から地球に帰還中のクルーは、地球と音信不通になり焦る日々。

人類はどうなったのかなど説明は一切無く、とにかく淡々と進む静かな物語。

特に北極圏の方はツンドラや猛吹雪の描写に、まさに今の雪国の様子とかぶって、人生を達観し反省し最後を迎える老人と、雪にはしゃぐ少女との穏やかな日常をいつまでも読んでいたい気持ちになり、木星探査機の方はイライラして、絶望感が辛そうで早くこのセクション終われ〜と読み飛ばしそうになりました。

宇宙にいるクルーが読んでいた本、クラークの『幼年期の終わり』やル・グウィン『闇の左手』が、「元ネタはこれだからねっ」ということなのか。

極寒の冬に読むのをオススメです。熊好きの人にも。

 

あと、あまりにも物語が進まないので、途中でモヤモヤしてきて解説とあとがきを先に読んだら、思いっきりネタバレでした。いやたいしたことじゃないんだけど。

 

映画は父を殺すためにある 通過儀礼という見方/島田裕巳

映画は父を殺すためにある―通過儀礼という見方 (ちくま文庫)

宗教学にとってとても重要な意味合いを持つ”通過儀礼”。通過儀礼とは、人間が人生の重要な節目をむかえ、ある状態から別の状態へ変わっていく際に、節目を越えたことを確認する為に行われる儀式のことをいう。宗教学者である作者が、映画を”通過儀礼”というテーマでみてみようという内容。

名作『ローマの休日』から始まり、『スタンド・バイ・ミー』、『スター・ウォーズ』などアメリカ映画で比較的にわかりやすく描かれる”通過儀礼”。名作ほど通過儀礼はきちんと描かれています。

逆に邦画の黒澤映画と小津映画や、『男はつらいよ』の隠された目立たない日本式”通過儀礼”の数々も紹介。

監督によってよく使う手法(黒澤映画は水との戦いが試練を意味し、小津映画は旅が試練)など、そういう見方でみるとますます面白いなぁと目からうろこでした。でもこの本で小津映画の性的いやらしさを教えてもらって、正直ドン引きです。大学生の頃に頑張って小津映画を追いかけて作品の数々を見たので、もう見返さなくていいかな。

あとがきの島田裕巳氏から映画評論家の町山智浩氏へ、そして解説の町山氏から島田氏への双方の感謝の文がとても印象的でした。町山さんの文章が特に泣ける。この方はいつも本のまえがきとあとがきに、思いも寄らない個人的な告白をするのでびっくりする。

若いときに見る映画は、人生とは何かを教えてくれる人生の予告編のようなものである。というのも、若いときにはまだ経験が浅く、自分達の人生に何が起こるのかを十分に理解していないからである。そこで、映画を通して、これから自分が経験するであろう出来事を予習することになる。

ところが、年齢がうえになれば、今度は予習ではなく、むしろ復習としての意味合いが強くなってくる。自分が人生のなかで経てきてこと、とくに失恋や離別、あるいは死別といった不在の感覚に結びつく体験に思いをはせ、その意味を、映画を通して反芻し、解釈し直すことになる。

10代〜20代は映画で人生を予習! 

クロストーク/コニー・ウィリス

クロストーク (新・ハヤカワ・SF・シリーズ)

脳外科手術EEDを受けると、パートナーの気持ちがダイレクトに伝え合うことができるようになる!この最新のEED処置を一緒に受けて、より親密な関係になろうと恋人に誘われたブリディ。ところが手術を受けたらテレパシーが使えるようになっちゃったという、超能力ラブコメSFサスペンス。

早川書房の銀背(新書サイズ)で700ページ、再来年あたりに文庫化するとしたら超分厚い上下巻になるであろうコニー・ウィリスの新刊を早速読んでみました。

序盤はEED処置に反対するブリディの親族や、社内恋愛中のブリディの職場関係がわちゃわちゃ。自分の意見を絶対押しとおすアメリカ的TVドラマのような”かしましさ”、マシンガントーク。実際に色んなTVドラマの話も出てくるけど、全然わかんないけれど大丈夫。

中盤でエスパーになっちゃったあたりから、各章の終わりに急展開が現れ、週刊少年ジャンプの“引き”のような、もうページをめくる手が止まらない〜最後の伏線の回収も細かくて(あれ、伏線なのかと驚きながら)大団円で読み終わって満足満足です。

人の心が読める超能力の表現を回線、混線と表し、ネット通信とSNSのコミュニケーションとからめて(主人公達は携帯キャリア勤め)描いていくのが面白いと思いました。iPhoneFacebookTwitterとどんどん実名で出てくるけど、10年後に読み返したらきっと古くさく感じちゃうんだろうな。

心の中の防御壁も面白かった。ブリディは他人の声を”洪水”とイメージし壁を想像して防ごうとします。自分なら何に例えるだろう、ヒッチコックの『鳥』かな?と考えるのもまた楽し。

頭の中は、悪いことが出てこられる唯一の場所だから、考えが不相応に不快なものになりがちだ。でも同時に、人間というのは野蛮で、いけすかなくて、さもしく、下品で、ごまかし上手で、残酷なんだ。

頭の中=”ネット”と変換しても可。

 

猫は宇宙で丸くなる 猫SF傑作選/シオドア・スタージョン他

猫SF傑作選 猫は宇宙で丸くなる (竹書房文庫)

私は小さい頃から猫を飼い続け、生涯ずっと猫生活が続くであろうと思っていたのに、まさかの娘、犬猫アレルギー(目がかゆくなる、鼻水が止まらなくなる)発覚で猫を飼えず、ずいぶん長く猫を抱っこしてモフモフしていません。

せめてSFで猫に癒やされたいと思い読んでみましたが、この短編集にモフモフさせてくれる猫など皆無。適度な距離感と緊張感を保ちつつ部屋のどっかに居るような猫大集合の短編集でした。もはやツンデレですらない。まあ猫ってそういうもんだよね。猫好きを豪語する作家さん達の目はリアルでした。

地上編と宇宙編にわけた10作を収録。地上編はホラーっぽいのもあり。どの短編も愚かな人間は猫に操られる運命なのだよケケケという感じ。スタージョンの短編は数倍辛さが効いていてさすがでした。

で、宇宙編。寝落ちして読み飛ばしちゃったのもあり。ある程度読み進めないと、そのキャラが人物なのか猫なのか判断できず物語に入り込みにくいものが多かったです。宇宙空間を飛ぶ宇宙船にネズミのチェリーは生息し、猫のトムは追いかけるんだな。

一番好きだったのはアンドレノートン『猫の世界は灰色』
無口な一匹女狼で凄腕マシンオペレーターのスティーナが、デブ猫バットを相棒に幻の船<火星の女帝>を探し求める旅の話。キャラが良かったので続編があればいいのに。

フロリクス8から来た友人/フィリップ・K・ディック

フロリクス8から来た友人 (創元SF文庫)

天才<新人>と、超能力を持つ<異人>が登場し(ニュータイプちゅーやつやな)

60億人のとりとめのない<旧人><下級人>は支配される。(悪夢の階級制度やな)

グラス公共安全特別委員会議長<異人>の恐怖政治が続く中、10年前に宇宙に飛びだしたブロヴォーニがフロリクス星人を連れて帰ってくる!という面白そうな舞台設定で、主人公ニックがタイヤ溝掘り職人(なぜ?)。

つるっつるの中古タイヤの溝を限界まで彫って、まるで新品の様に装って売るというブラック商売。学業成績優秀な息子は公務員試験を受けても、父親のブラックリスト入りが響いて試験に落ちてばかり。妻は嘆くばかり。

あるときニックは職場のボスに連れられて、反体制の地下組織アジトに行き、そこで美少女(ドブネズミと表現される)チャーリーと運命の出会いが…というお話。

救世主が帰って来る!みんな一致団結して戦おうという外野をよそに、チャーリーにラブ夢中なおっさんニック。救世主ブロヴォーニ帰還をくい止めようとする政府をよそに、チャーリーを愛人にして我が物にしようとするおっさんグラス議長。いや、地球の運命をよそに君たちどうしてそんなに幼稚なの?

そんなちぐはぐなお話で、最後も主人公が妙に悟っていて変なんですけど、大森望氏の翻訳も上手で読みやすいし、憎めない魅力ある作品でした。ちぐはぐ感を楽しもう!

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やだ、トランプ大統領に似せようと思ったら可愛く描いちゃった。始終パジャマ姿でベットから指令を出す、ぐうたら独裁者グラム議長。彼の描写が執拗に細かくて面白い。ところでフロリクス星人は例によってスライム形態なんですが、だとするとあの表紙の女子は誰?