夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

ラブスター博士の最後の発見/アンドリ・S・マグナソン

表紙絵が可愛くてジャケ買いしました。ラブスター社のラブスター博士の発明は、インラブにラブデスにラブゴッドと、ラブラブしい。なんでもiをつけるApple社か、なんでもGoogleと名付けるGoogle社みたいな感じ。政府機関でなく広告代理店である一企業が、人々を完全に支配してしまうディストピアを、ラブラブな彼氏彼女が駆け抜ける話。

前半は状況説明と主役の彼氏彼女のいちゃつきぶりが長くてダルめ。しかし世界幸福度ランキング第3位のアイスランドのSF作家が贈るブラックジョークは、終盤になるほど過激になり、神を作り〈一億の星祭り〉を実行し大暴走。

AKIRAエヴァの影響も感じるし、トヨタも出てくるので日本贔屓なのかしら。ヤマグチの最後のセリフは泣ける。

最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選/ジェフリー・フォード

早川が出しているムック『SFが読みたい!2024版』の海外部門第2位に入っていて、評価の高さが気になって手に取りました。最初の「アイスクリーム帝国」と、表題作が特に素晴らしくて、後半のSF短篇も読ませてくれます。お値段高いけど(3,850円税込…鼻血)多彩なジャンルを色々と読めるので満足感がありおすすめです。夜に寝る前に一短篇を読んで、もやもや考えて、朝起きたら自分なりの解釈できたような気がする日々を過ごしてました。

 

◼︎アイスクリーム帝国

共感覚という設定も面白かったし、物語のレイヤーが別れていて最後に世界が交差するとことかびっくりしました。


◼︎マルシュージアンのゾンビ

ホラーなんだけど、主人公と同じくこんがらがった糸を解きほぐそうとしても、オチがまだよくわかっていない。


◼︎トレンティーノさんの息子

著者のフォードが大学を中退して、貝取の漁師をしていた頃の体験を元にした話。大海原の小舟の上で亡霊に会う。海の怪談怖い。棺は死者のための舟というくだりが良い。


◼︎タイムマニア

ハーブのタイムを噛み含んでいる間以外は亡霊が見えてしまう少年の話。これも最後にゾッとするオチで、愛があるなら彼にとっては幸せなオチなのかもと思う。


◼︎最後の三角形

麻薬中毒でボロボロの主人公を助けた老婦人が、元夫の作った魔法陣のゴタゴタに主人公を巻き込む話。老婦人とのバディ&謎解き。アクティブな老婦人に私もなりたい。

 

結晶世界/J・G・バラード

バラードの破滅三部作『沈んだ世界』『燃える世界(旱魃世界)』『結晶世界』のうちで、自分が持っているのは一番最後の『結晶世界』です。三部作最後は世界どころか宇宙銀河の破滅…。

癩病(ハンセン病)の専門医サンダーズ医師が、アフリカのとある国のマタール港から河を遡っていき、結晶化された美しい森に迷い込む話。

サンダーズ医師と船旅で出会った建築家ベントレス。二人はそれぞれの色恋三角関係に振り回されて森の中を彷徨い、やがて結晶化という永遠の時間に自ら閉じ込められてゆく。これはなんとメタファーが多くて耽美な退廃的物語なんだろうか。

特に結晶化したワニと黒人、宝石が散りばめられた十字架がシンボリックで印象に残りました。

地球が静止する日/The Day the Earth Stood Still

1951年のモノクロ映画『地球の静止する日』を観て、ハリー・ベイツの原作『主人への告別』を読んで、ようやく2008年のリメイク版『地球が静止する日』を観ました。

突如N.Yセントラル・パークに落下してきた球体から現れた巨大ロボット・ゴートと異星人クラトゥ。クラトゥは地球の代表者と話し合い、地球を救いたいと言うが、突然のファーストコンタクトにパニックで攻撃的な米合衆国。騒動に巻き込まれた地球外生物学者ヘレンと息子ジェイコブ。クラトゥは激おこゴートの暴走を止めることができるのかというお話。

地球来訪の目的が、前作では核開発を止めることだったのが、今作では地球の自然環境破壊を止めさせることに変わっていて、21世紀に合わせてアップデートしているリメイクでした。

立ち位置がクラトゥ=シン・ウルトラマンで、ゴート=ゼットンだなと思う。(最近シン・ウルトラマンを観たばかりだったので)

エンタメ的には迫力不足だけれど、各地で生物を回収する球体が方舟、避難する車の列が出エジプト、そしてナノマシンの虫はイナゴ(ですよね!)などキリスト教の聖書モチーフ増し増しで、そこは面白く観れました。ノーベル賞受賞学者と黒板に数字を書いて意思疎通できるシーンが良き。

オリジナル作品同様に電力消滅が"地球の静止"なら、その静止表現がいまいち足りなかったのが残念。

怒りの葡萄/ジョン・スタインベック

新潮文庫の『怒りの葡萄』を大久保康雄訳で読む。上記のamazonリンクは伏見威蕃 翻訳版です。岩波、早川と他にも様々な版元と翻訳があるようですが、大久保訳が推しとネットのどこかで見かけたので、図書館の閉架から出してもらいました。今では書くことができない差別用語も多々あり、だから新訳版がでるのかと納得。新潮文庫の今の表紙絵もいいですね、"タバコの付け火が葡萄(農民達)の怒りに着火する"かしら。

1930年代アメリカ、オクラホマ州の農地を干ばつと大資本家に奪われた農民達がGo West、カリフォルニア州へ仕事を求めて大移動する。ジョード一家を主軸に置き描く社会派ルポタージュ的小説です。

西への旅が主体の上巻では、11人と大家族のジョード一家も死んだり行方不明になったりで、下巻でようやく辿り着いたカリフォルニアでも仕事にあぶれ、また地主から搾取されまくると辛い展開。そんな中でも精神的な大黒柱であるママ・ジョードの頼もしさがありがたかったです。

怒りの葡萄』を読むきっかけは、映画『パブリック図書館の奇跡』。公立図書館に立てこもったホームレスを支援する主人公の司書が言う"文脈"で、この『怒りの葡萄』の一節が引用されたから。本当に読んで良かったです。

「腐敗のにおいが、この土地に満ちわたる。」
「告発してなお足りない犯罪が、ここではおこなわれている。泣くことでは表現できぬ悲しみが、ここにはある。われわれのすべての成功をふいにする失敗がある。」
「人々の目には失望の色があり、腹を減らした人たちの目には湧きあがる怒りがある。人々の魂のなかに怒りの葡萄が実りはじめ、それがしだいに大きくなってゆく―収穫のときを待ちつつ、それはしだいに大きくなって行く。」