夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人 姉崎等

アイヌの母、和人の父のもとに生まれて、アイヌから狩りの知恵を学び、のちに単独行動で熊を追い求めた経験から、クマは師匠という姉崎等氏のインタビューをまとめたもの。

初夏になる前の今の時期は、山菜取りだ筍だと山に入る人が多くなり、クマ出没のニュースも毎日聞くようになりました。私が住んでいる街にも山からクマが降りてきています。

クマというと吉村昭の『羆嵐』が強烈で、あれを読んだ後はどうしてもクマを過敏に怖がってしまうのですが、この『クマにあったら〜』は、その気持ちを冷静にさせてくれる中和剤みたいな本です。熊撃ちの銀四郎もカッコいいけど、姉崎さんの観察力もすごいよ。正しく怖がることができるし、山に入ったらどう行動するべきかわかる。

クマが人里に降りてくる原因のひとつが、山のクマの生体環境を荒らしたことなので、今年から森林環境税を払うのだから、過剰に植林し過ぎた針葉樹の整備などがなされていくのか関心を持ち続けたいですね。

最後の宇宙飛行士/デイビッド・ウェリントン

不幸な事故のため火星探索などの宇宙開発が頓挫した近未来。突如、地球に迫る謎の天体2Iが発見された。NASAは有り合わせのもので急遽宇宙船を飛ばし、未知の異星人とのファーストコンタクトを期待して天体2Iに乗り込むお話。ファーストコンタクト&ホラーSF。

天体2Iの内部への潜入し、宇宙服のヘルメットのライトが照らすわずかな視界のみで進み、先に侵入した者達が残した動画だけが手掛かりなところは、ホラー映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を彷彿させました。暗闇怖いよね。あの映画の撮影手法を使って実写化できそう。

今回は宇宙生物学者兼医者のラオ博士に感情移入でき、文章のテンポも良かったので2日間でスラスラと読めました。オチもジーンと心にくる。(でもあのオチだと、近すぎてその後の地球は無事ではないのでは?)

NASAのライバルで民間多国籍企業のKスペースが社長も含めて、ほぼスペースXとイーロン・マスクだったのが面白かった。とうとうSF小説にも出てくるんだなぁ。

 

 

 

アイの物語/山本弘

10代の頃は雑誌「ファンロード」での面白ネタ投稿を楽しみ、ゲーム創作集団グループSNEソード・ワールドライトノベルを読み漁り、SFの大海を泳ぐ道標としてSFガイド本でもお世話になり、SF小説でも楽しませてくれた、心はいつも15才♡山本弘氏の訃報を知って喪失感が半端ないです。68歳早すぎる。

『アイの物語』は、アンドロイドが少年に話を読み聞かせる設定で、著者の過去作短篇を繋げていく仕組み。アンドロイドやAIを扱った過去作はライトノベルなのかティーンズの話が多く、美少女の女子話し言葉やオタク描写がやや鼻に付くけれど、友愛と哲学があって重層。

後半書き下ろしの「詩音が来た日」が特に良かった。老人介護をするアンドロイド〈詩音〉の話。読み終えて、あらためて最初のページに記されている妻と娘に捧ぐ序文を読み泣けてくる。山本氏の妻は看護師だったと記憶してるので、きっと妻の仕事からこの話を紡いでいったのだろう。AIと共存することを選択するSF映画『ザ・クリエイター/創造者』をもし観ていたら、とても喜んでいただろうなと思う。

ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス/フランチェスコ・ヴァルソ, フランチェスカ・T・バルビニ他

竹書房からイスラエルSFに続く、現代ギリシャSF傑作選。アテネをテーマにというお題があったらしく、アテネの近未来SFという縛りがあるため宇宙には行かない。

近未来のギリシャの旅は、まぁまぁディストピアで気が滅入りました。でも移民、気候変動など逃れられない社会情勢を丹念に盛り込んでいて、その世界で登場人物はクールに生きているのがカッコいい。

 

◼︎ローズウィード/ヴァッソ・フリストウ

海面上昇によって水没した都市をテーマパークにしてツアー組んで稼ぐんじゃあ!という話。うん、たくましく生きたい。


◼︎社会工学/コスタス・ハリトス

ギリシャの区画ごとにナビゲーターのAR(拡張現実)が配置されているのが面白い。大天使ガブリエルとか梟とか。

 

◼︎人間都市アテネイオナ・ブラゾプル

「人間は都市の束縛から解き放たれた」人文主義経済社会。都市は移民を受け入れて労働力を安く酷使するだけ。

 

◼︎バグダッド・スクエア/ミカリス・マノリオス

VR(仮想現実)で不倫…うーん。

 

◼︎蜜蜂の問題/イアニス・パパドプルス&スタマティス・スタマティス・スタマトプロス

私は果樹農地が多い雪国にいるので、この気候変動でミツバチがいなくなって受粉がうまくいかず大変なことになっているのはよくわかる。ミツバチの代わりにドローンを動かす話。ギリシャSFは話のオチとかドラマより、設定、目の付け所がいいのよね。


◼︎T2/ケリー・セオドラコプル

列車に乗って妊娠検診に行くだけの話なのに、格差社会ひどい。


◼︎われらが仕える者/エヴゲニア・トリアンダフィル

11の短編の中で、一番人物の心理が情緒的に描かれていた。夏の観光地の話。


◼︎アバコス/リナ・テオドル

インタビュー形式の短い短編。圧縮宇宙食のような製剤ですけど、脳内再生では素敵な食事環境、味覚をご用意していますよ〜という話。


◼︎いにしえの疾病/ディミトラ・ニコライドウ

不老不死というか長命種になってしまった人類にとって、一般的な老衰への恐怖を描いている話。ミステリー仕立て


◼︎アンドロイド娼婦は涙を流せない/ナタリア・テオドリドゥ

アンドロイド娼婦の体に現れる真珠層?がいまいちよくわからなかった。


◼︎わたしを規定する色/スタマティス・スタマトプロス

戦争によって色彩が失われた世界。

レインボーズ・エンド/ヴァーナー・ヴィンジ

3月20日SF小説家・数学者のヴァーナー・ヴィンジが死去。サイバースペース・技術的特異点(シンギュラリティ)を世に広めた偉大なSF作家です。高評価されている蜘蛛型異星人の三部作も積読棚に待機していますが、ウェアラブル・コンピューティングを描いた2006年作の『レインボーズ・エンド』を読みました。

20年後の未来には普及しているかもね!というITネタを壮大に盛り込んだ本作。シンギュラリティとかAIなどが巷に出回っていなかった頃(2009年)の翻訳とはいえ、とにかくITカタカナ用語が多すぎてその都度ググって、かつ登場人物が多いのに人名も一貫性がないので、うぎゃー!と投げ出したくなるほど読みにくい。自分にとって赤尾秀子の翻訳は高確率で迷子になりやすい気がする。赤尾氏が訳したユーン・ハ・リーとアン・レッキーの叛逆航路シリーズは読むのに覚悟がいるなと震える。(積読棚にある…)

エピファニー]と[ビリーフ・サークル]の意味がさっぱりわからないまま最後まで読み進め、下巻の翻訳者以外の方の解説でようやく紹介してもらえたというのもなんだかなぁでした。[ボリウッド]はインド映画の制作地の解釈であっているのかしら。

自分の解釈があっているのか誤読なのかわからなかったので文句たらたらですが、本作はお互いにpingを打ち合うエージェント夫婦、認知症MAXだったのに医療の力で若返った爺と孫娘のSPY×FAMILYが大活躍します。そして本の自炊を食い止める図書館戦争が始まり、シンギュラリティに達したウサギは神になり?続編を書くつもりだったのか色々と未解決のままだけど、ハッピーエンドに近い爽やかな終わり方でした。