夜空と陸とのすきま

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宇宙からの帰還 望郷者たち/夏見正隆

宇宙からの帰還 望郷者たち (ハルキ文庫 な)

宇宙からの帰還 望郷者たち (ハルキ文庫 な)

  • 作者:夏見正隆
  • 発売日: 2020/01/15
  • メディア: 文庫
 

私の本棚で SFの文庫といえば早川書房東京創元社が一番多くて、河出書房新社竹書房以外の出版社ではSF本を出しているのかなと、本屋さんで普段はあまりチェックしない出版社の棚を探してみました。ハルキ文庫って海外SFがブラッドベリだけなのか…。

米中大戦によって放射能に汚染され死滅した地球。宇宙に脱出したわずかな人類は宇宙コロニーに住み、月の地下資源を頼りに宇宙生活を続ける。月往還船の船長・美島は行方不明になった地球環境調査隊の捜索ため地球に下りるというお話。

航空サスペンスの作家さんらしく、航空機の描写が細かくてすごい。総ページ数が250と薄いけれど、綺麗にまとまっていて読みやすかったです。

同じく放射能で死滅してゆく地球で、穏やかに死を受け入れる人々を描くネヴィル・シュートの『渚にて 人類最後の日』に対する返歌だなと思いました。どんなに辛くても最後まで生きることをあきらめないという逆のメッセージ。

大戦中にコロニー行きのシャトルに上級市民というか、権力者が一番先に乗って宇宙へ脱出したため、権力者優遇の格差社会がそのまま宇宙コロニーにあるのもかなりきつい環境。主人公達が鮭缶を開けるところから海の匂いを懐かしがるのが上手いと思いました。匂いって大事ですね。その後の鮭の遡上と地球の帰還を繋げるところもよき。

ネット上にあった他の人の感想で「『日本沈没』+『復活の日』、みんな小松の子!」というやつ、わかりみ〜。

火星無期懲役/S・J・モーデン

火星無期懲役 (ハヤカワ文庫SF)

火星無期懲役 (ハヤカワ文庫SF)

 

終身刑で服役中の主人公に与えられた選択肢は、このまま堀の中で一生を過ごすか火星基地建設に参加するか。火星に送られた7人の囚人達は、赤い砂漠にモジュールを組み立てていくが、ひとりまたひとりと謎の死をとげていくという火星サバイバルSF。

アンディ・ウィアーのヒット作『火星の人』(映画『オデッセイ』)みたいな作品書いてよと出版社にオファーされたそうで、裏表紙にあるあらすじを読むと面白そう!と期待しましたが、うーん。最初の殺人で犯人が読めちゃうし、登場人物達に思い入れがないし(しいていえばゼウス?)ミステリー要素は微妙でした。

主人公フランクは逆境に耐えて、アンガーコントロールがうまいなぁと思っていたけど、最後はかなり暴力的になって真逆になったのもちぐはぐ感がありました。

実際には火星に初期モジュールを建設するのはロボットがメインなんでしょうね。途中P211で人間のクルーとロボットの機能比較が載っていましたが、これを読んだら人間とロボット半々が一番ベストなんじゃ…と思ってしまう。『火星の人』は、一人の命を救うため全人類が応援、協力するところが感動的だったのに、『火星無期懲役』は囚人の命を使い捨てというのが、悪しき歴史の奴隷制度みたいで不快感がでちゃうのかな。

アメリカン・ブッダ/柴田勝家

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

 

娘を駅まで迎えに行ったら電車が遅延していて、そんな日に限ってバッグに本が入ってなくて、駅前のTSUTAYAに駆け込んだら、海外文学の棚は寂しいし、けどハヤカワ文庫JAならあるじゃない!とこの本をジャケ買いしました。

民俗学+SFの融合、海外文学のような実写のような硬派な描写、だけどユニークで、こんなSFの書き手が日本にもいたんだと驚きました。他の作品も読みたい。

日本SF作家クラブ会長の池澤春菜さんによる解説も最高に面白い。なんて素敵な先輩!

 

雲南省スー族におけるVR技術の使用例

山間部の少数民族が生まれてすぐにヘッドセットをつけさせられて、仮想のVR空間で人生を過ごす話。人が認識する世界の心許なさよ。狐に化かされたようなあやふやなオチがいい。

 

■鏡石異譚

岩手国際リニアコライダー(ILC)!猊鼻渓!とわりかし近場が舞台なので嬉しかった。ホントにILC計画が進むといいな。民俗学量子論と少女の成長をミックスしたユニークなお話。

 

■邪義の壁

古い実家の壁の奥から白骨が出てきたから始まるホラー。うちの家の壁の中も、なんかありそうだなぁ。柴田勝家氏、ホントに東京出身?東北生まれじゃないの?

 

■一八九七年:龍動幕の内

『ヒト夜の永い夢』の前日譚だそうで、そちらは未読だけど、南方熊楠が英国留学中に、とある事件を解決する話。熊楠といえば少年ジャンプの打ち切り漫画『てんぎゃん』のロンドン編読みたかったなと思い出しました。

 

■検疫官

思想に影響を及ぼす物語を国内に入れないよう空港で検疫する男の話。『華氏451』のような、ミイラ取りがミイラになる。

 

アメリカン・ブッダ

大災害と暴動から逃れ、仮想空間"Mアメリカ"で無限の住人となったアメリカ人に、ネイティブインディアンの青年が仏教の救済を語る話。めちゃくちゃ面白い。また時間を置いて読み返したい。

人之彼岸/郝 景芳

郝 景芳(ハオ・ジンファン)による人工知能(AI)をテーマにした短編集。

初めにAIについて推察するエッセイ、そこで説明してきたことを軸に生まれた物語達。AIを受け入れて、共に歩んでいく未来が見えるような気がしました。

 

■スーパー人工知能まであとどのくらい

人工知能についてのエッセイ。ものすごくわかりやすかったし、AIの進化に怯えるな、私たちの精神世界は素晴らしいから自信を持てと励まされた感じ。

 

人工知能の時代にいかに学ぶか

このエッセイ、子育ての始まりに読みたかったなあ。いまからでも遅くないかしら。人間性、創造性を大事に育んで、文科省の人に読んでもらいたい。これからのビジョンを持てる。

 

■あなたはどこに

AIには人の衝動的行動と負の感情が理解できないという特徴を含んだ、カップルすれ違いのお話。

 

■不死医院

病院で亡くなったはずの母が、和かに笑って家にいるホラーっぽい展開のお話。家族のすれ違い、人間性とは何かを問う。

 

■愛の問題

これも家族のすれ違いを描く作品。「不死医院」同様にAIが間に入ると素直に和解していく家族。ミステリーな謎解き風も面白い。

 

■人間の島

全知全能の神として、AIに全てを託してしまってそれで幸せかい?というお話。AIには創造性がないんですね。

 

■乾坤と亜力

『2010年代海外SF傑作選』にも掲載されていたのですが、AIのエッセイを読んだ後だと、AIの特徴をこんな感じに物語にするのかと感心しました。3歳半の亜力君が可愛いのです。

ノマド 漂流する高齢労働者たち/ジェシカ・ブルーダー

ノマド 漂流する高齢労働者たち
 

アメリカで車上生活をしながら季節労働をして、各地を渡り歩く高齢者のルポルタージュ 。先日米アカデミー賞を受賞した『ノマドランド』原作ということで手にとってみました。(映画は未見)

2014年〜16年の3年間に渡る車上生活者リンダ(60代のおばちゃん)の同行取材を軸に、2011年から様々な媒体への投稿記事をまとめたもの。なので時系列で書かれているわけではないため、あっちこっち話が飛びます。取材対象のノマドの人たちをもっと知りたいと、著者自らが中古車を入手し車上生活を体験、隠しカメラやボイスレコーダーを持ってビーツ収穫やAmazon倉庫に潜入取材していて、なかなか体を張っているのがすごい。

リーマンショックにより、老後の蓄えや仕事を失い家賃が払えなくなった老人たちが漂流者に。取材当時はオバマ政権下だったので、その後のトランプの頃はどうだったんだろう、コロナ禍の今はどうなったんだろうと心配になりました。バイデンさんに変わってから、最低賃金2倍、富裕層への増税と格差肯正へ舵を切りだしているので、またノマドも変化していくのでしょうか。格差肯正へ日本も続いて欲しい。っていうかすぐやれ。

この本を読んで、ブラック企業Amazonのすさまじさに震撼。頑張れ労働組合!このブログもアマゾン商品としぶしぶリンクしていますが、ただ本の表紙画像を載せたいだけなので、紙の本をお求めならどうかeーhon経由で買って地元の本屋さんを応援してください。

あとノマドは高齢の白人ばかりで、黒人は職務質問で警察官に殺されちゃうからノマドすらなれないっていうのが、もう…。Black Lives Matter!