夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

書架の探偵/ジーン・ウルフ

書架の探偵 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

図書館の書架に住まうE・A・スミスは、推理作家E・A・スミスの複生体(リクローン)。生前のスミスの脳をスキャンし、作家の記憶や感情を備えた、図書館に収蔵されている“蔵者”なのだ。

作家の死後にリクローンが作られ、その作家の著作物と共に図書館に住ませ、リクローン自体の貸り出しもOKという設定。常に本というテーマで描いてきたジーン・ウルフらしい、なんともロマンチック!でもリクローン作家には新作を書くことが許されていないのです、それもまた作家にとっては辛いよね。

そんなスミス氏のもとに、美しい令嬢が訪れます。不審者に殺された兄の死後に金庫を開けたら、スミス著の「火星の殺人」という本しか入っていなかったらしい。これは何の鍵なのかという謎を解くために、スミス氏を貸り出し、事件の調査が始まる。というお話。

SFガジェットがちりばめられた未来の話なのに、19世紀ロンドンのような古風な感じ(台詞節も服装も古風)。そしてどこまでいってもSFとミステリーは平行線のまま。別々の物語を楽しんでいるような不思議な作品。

礼儀正しいスミス氏の口調と、「読者諸君は…」などと語りかたりかけてくるところなど、懐かしい名探偵物風で楽しい。スミス氏によって本(物語)の奥深くに導かれていく感じがしました。さらに途中から登場する2人の男女カップルが大胆かつ凄腕で物語を盛り上げてくれます。でー、あの2人は結局何者だったのかしら。

 

羆嵐/吉村 昭

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大正12年の冬、北海道の開拓村をヒグマが襲った三毛別羆事件を題材にした小説。

いや〜私は娘を普通分娩で産んで、すぐに母乳が出たときに「人間って哺乳類なんだな」と実感したのですが、この本を読んで最初に思ったのは「人間ってエサなんだな」です。

文庫版のヒグマの絵も中々ですが、この単行本の方が絶対に怖い。表紙も裏表紙もちょうど手を添える位置に羆の口がくるという、読みながら手が噛まれそうな、これは狙っているとしか思えないですよね。わざわざ図書館の閉架から出して貰って借りました。ガブガブ噛まれました。

北国に住んでいると、熊出没と被害のニュースはしょっちゅうで、保育所の出入り口に「○月○日、○○公園に熊が出没したので、しばらく立ち入り禁止(警察)」の張り紙が貼ってあったり、県庁近くに熊出没、空港の雑木林に熊出没、今月も多数の目撃情報ありなんです。身近にいる恐怖をひしひしと感じると、クマも生きてるんだから可哀相なんて全然思わなくて、猟師さん、マタギの皆さんどうかお頼み申し上げますだけです。なのでこの小説に出てくるビビリな村人の心境は共感しまくり、熊撃ちの銀オヤジが登場すると、待ってました!と心の中で拍手喝采。銀オヤジかっこ良かった、命を賭けたヒグマとの闘い、心底しびれました。

体重300キロ、身の丈2m70cmの殺人ヒグマが、闇夜に人をボリボリ食う音がするなんて、怖すぎる。襲われた人も、助けに来た人も大勢の群集劇の中で、心理描写が巧みな作品でした。

 

カブールの園/宮内悠介

カブールの園

芥川賞候補作にして、三島由紀夫賞受賞作。久しぶりにSFから離れて純文学たるものを手にしてみましたが、宮内氏はSF畑出身らしく「VR治療」、作曲の出来るYouTube「トラック・クラウド」など近未来っぽいものも出てきました。いいぞ〜!そしてヨセミテ国立公園MacOSキタコレ!(すいません…)

そんな「カブールの園」は、サンフランシスコのIT企業のプログラマーであり、日系3世だけど日本語はできないレイ(玲)が、自分のルーツをさぐる旅に出る話。

いじめ、毒親、カウンセリングと続くので重いな〜と感じつつ、レイの同居人ジョンのナチュラルなフォローにほっとしました。休暇を取ってヨセミテへと旅に出るレイ。ルートを変更して祖父母がいたというマンザナー強制収容所跡、ロスまで行って母との再会、自分を束縛していた母も、実は人種差別に苦しんでいたとわかる…。

異国における日本文芸活動は「伝承のない文芸」といえるのである。

アメリカの日本文芸は一代限りの、それは悲痛きわまりない行為である。伝承は期待できない。しかし、そこに存在するということが一つの大きな意味を持つ時がある。それが、いろいろなプロセスを経て、アメリカの発想を変えて行くエレメントにならないとはいえない。

 マイノリティに生まれたことを受け入れる難しさ、でも最後には受け入れて前向きに進みはじめたレイがとても素敵でした。唐突に終わってしまった感じだったので、もっと長編で読んでみたかったです。

know/野崎まど

know (ハヤカワ文庫JA)

極度に発達した情報化社会の対策として、子供の頃から脳に〈電子葉〉の移植が義務化された2081年が舞台。情報格差の果ては、レベル0〜6に仕分けられ、低いレベルの人はアクセス制限がかかり、高レベルの人から丸見えにされるという怖さ。ありそうありそう。<電子葉>の設定、とても面白かった。

そして京都とSFというありそうでなかった組合せも、新鮮でした。

読み終わった後はオチが正直よくわからなかったけれど、表紙絵をじっくりみると、蓮の花、曼荼羅、涅槃っぽいデザイン。すなわち輪廻転生。ああ答えはここに描かれていたんだなぁと気がつきました。赤い糸は情報網かな。最後に14歳少女と性交渉!主人公は鬼畜かよと思いましたが、ヒロインの知ルはきっと新たな生命を宿して死んだのでしょう。脳は死んでも、体は最新医療の力で生きているし。

自分の死を考えると、今までの経験や知識は無になるというのが怖くもあり、もったいなくもあり、なので死を恐れてしまうのですが、SFにある死後は「ネットの海に自分を持っていく(「攻殻機動隊」)」だったのが、今回は新たな生命に知識を移行する=生まれ変わりときて、昔からある王道なのに妙に新しく感じられました。電子脳と義体で不老不死になるよりいいな。

読書で離婚を考えた/円城塔・田辺青蛙

読書で離婚を考えた。 (幻冬舎単行本)

夫婦でお互いに本を勧め合って、読書感想文を交換しあえば、いまよりもっと相互理解が進み、仲良くなるのでは? SF作家の円城塔とホラー作家の田辺青蛙の夫婦読書リレー。

夫婦でお互いにオススメの本を紹介しあう!なんて怖いことをっ!うちなんて、旦那さんとホントに趣味あわねーよ。映画も音楽も読書の好みの傾向もばらばらよ。「この本面白かったよ、絶対読んで!」なんて言ったら「嫌だ」と即答されるよ。

ああ、でも2人とも作家さんなのか、同業者ならどんな風になるんだろうと興味本位で読みました。結果、やっぱり同業者でも話がかみ合わないという、本の世界って大海みたいですね。

タイトルがとても際どいですが、内容はそんなに殺伐としているわけでもなく、読書リレーをすすめていくうちに、妻の方が夫に嫌われているのではと不安感を伴い、離婚届の夢を見たということでした。

そしてこの唐沢なをき氏の表紙絵がとても好き。本書を最後まで読むと、「溺れていくカエルの妻」がとても奥深く感じられて上手いなぁと。さらに夫婦に対する愛情もいっぱいね。

読書リレーということで、色々と本を紹介してますが、読んでみたいなと思ったのは吉村 昭の「羆嵐」くらい。それよりも、予想以上に円城氏の人間味がさらけ出されていて、そちらの方が印象的でした。

本の趣向が合わなくても、お互いが面白いと思えていて気遣いがあって、良い夫婦ですね。理解するんじゃなくて、違いを認め合うのが大事。