夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

パンドラの少女/M・R・ケアリー

パンドラの少女

 

奇病の爆発的な蔓延“大崩壊”から二十年。人間としての精神を失い、捕食本能に支配された“餓えた奴ら”により、文明世界は完全に崩壊していた―。わずかな生存者たちは、ロンドン北の軍事基地で、半分人間、半分ゾンビ状態にある子供たちを利用し、治療法を見つけ出そうとしていたが、緊急事態が勃発。半ゾンビ少女メラニー、女教師、女科学者、兵士達の逃避行がはじまるというお話。

ホラー・スプラッタ物が超苦手な私がこの本を読んでみようと思いたったのは、ネットでこの画像を見かけたから。

f:id:yanhao:20170303110906j:plain

口輪(マズル)を付けられた黒人のゾンビ少女に魅了されたからです。
文章なら読めるかなと。
「一気読み必至」のうたい文句通り、確かに面白くて一気に読めました。原作のメラニーは金髪・青い目・色白の白人だったので、映画では変更されたのですね。とても賢そうなところがいいな。ゾンビを教育するという設定が面白い。

ゾンビといえば、研究室〈ラボ〉、洋館に、森と廃墟ビルだろと言わんばかりに逃避行中の舞台は様々に移り変わり、ホラー・スプラッタな描写ももちろん、虫食まででてきた。ううっ。

この世界は、生き延びた人類 VS キノコに感染されたハングリーズ<飢えた奴ら> VS ジャンカーズ<廃品漁り>の三つ巴の戦い。そしてラストの衝撃、これは続編もありそうな終わり方。もし続編があれば、イモータン・ジョー(マッドマックス/怒りのデス・ロード)が出てきそう。

 

映画は本国イギリスやアイルランドでは昨年9月から上映


Mark Kermode reviews The Girl With All The Gifts

監督は『SHERLOCK/シャーロック』のコルム・マッカーシー、ということは期待値大!でもえぐい描写ありかなぁ。映画『ワールド・ウォーZ』くらいに押さえてくれたら、劇場で見れそうなんだけど。というか、まだ日本公開決まっていないようです。

メモリー・ウォール/アンソニー・ドーア

メモリー・ウォール (新潮クレスト・ブックス)

 

アンソニードーアの「すべての見えない光」を読み終えて、その前に出版された短篇集「メモリー・ウォール」を借りてきました。短いけれど厚い6つの物語。自然の中が舞台で、におい、光、植物や虫と鳥の描写なども入れてくるのでその場にいるかのような錯覚を覚えます。特ににおいは映像で表現できないんだなと気がつきました。

息子は父にしがみつく。そのひたいが、フェコの胸骨に石のように当たる。その髪は、ほこりと、鉛筆の削りかすと、煙のにおいがする。雨音が屋根に静かに響く

う、美しい…。鉛筆の削りかすのにおいかぁ。
どの物語も結末がはっきりせず、静かにフェードアウトしていくことも多いのですが、そんなあやふやな感じも好きです。

 

「メモリー・ウォール」
近未来の南アフリカ、痴呆症の老女の記憶はカートリッジに記録され、自由に保存・再生できるー
壁一面に老女の記憶を留めたカートリッジが貼り付けられる光景はSFチック、長年連れ添った夫婦だって愛し合う日々も冷めている日々もあった。そして、痴呆症の恐怖と小説「宝島」をかけてきたのが唸った。

 

「生殖せよ、発生せよ」
好きな言葉ではないですが、いわゆる妊活のお話。忘れがちだけど生命の誕生は奇跡的なこと。自分の出産経験も諸々思い出した。

 

「非武装地帯」
赴任先の朝鮮半島で傷ついた鶴に出会う青年米兵のお話。鶴は韓国では「平和の鳥」と呼び、北朝鮮では「死の伝令」と呼ばれるんですね。

 

「一一三号村」
ダムに沈む中国の村で、作物の種を売る種屋の女とその息子の話。種屋のセリフがとても良かったです。前に読んだ閻連科の「年月日」に通じる感じ。

 

「ネムナス川」
孤児となった少女が、祖父のいるリトアニアに引っ越し、ネムナス川で絶滅したチョウザメを釣る話。近所の老女と毎日川で釣りをするんですが、ゆっくりと少女の傷心が癒やされていく過程が見事でした。

 

「来世」
ナチス政権からアメリカに逃れた孤児少女の話。戦時下とアメリカで過ごす老後の日常が繰り返して進みます。とても悲しい話ですが、締めが子供達の遊ぶ声で終わるので救われました。

子どもたちは暗闇を押し戻す。記憶をパンくずのようにまき散らして進む。世界は作り直される。

子ども時代はあちこちに埋められている。埋められた子ども時代は、その人が戻ってきて掘り出してくれるのを待っている。

 

移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活/高野秀行

移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活 (講談社文庫)

 

録り溜めた深夜テレビ番組「クレイジー・ジャーニー」をひたすら見て消化しているこの頃、高野秀行氏もその番組で知りました。番組内で「ちっとも本が売れない」とぼやいていましたが、この人の本すんごく面白いよ!某百田氏の本よりこういう本がベストセラーになれば、誰もが住みやすい国に近づける気がする。みんな読もうよ!

という本心はさておき、この本は普段は世界中を旅しているノンフィクション作家の高野氏が、日本に移住、移民している外国人のコミュニティに「突撃!となりの晩ご飯」取材を行い、我が身を振り返りながらも面白くとりまとめた本です。

巻頭を飾る色とりどりの各国の料理も美味しそう。本書で紹介されていたイスラム系は毎日こんな手の込んだ料理してんのとびっくりです。そういえば最近、気合い入れて料理してないなーと思い立ち、2時間かけて皮から手作りの水餃子を作ってしまいました。粉まみれで大変だったけれど、家族に大好評。毎日はしんどいけど、たまにはいいね。

そして第9章の「西葛西のインド人」、在日インド人ヒンドゥー教徒新興宗教のISKCONが一緒にお寺を作ったことについて、高野氏とインド人の会話の箇所が凄いなと思ったので引用します。

「…やっぱりインドの人は寛容なんですね」。私が言うと、「寛容とはちがいます」ときっぱり否定された。「排他的ではないんです。いろいろな考え方があって、どれが正しく、どれが間違っているとかではない。どれも正しい。それを理解するということです」
 ハッと目が覚める思いだった。たしかに「寛容」とは「間違った存在や行動を大目に見る」という上から視線がある。だがインドでは自分とはちがうものが同居していることが常態なのだ。それをわざわざ追い出す行為が「排他的」である。インド人の「共存」の意識とそれを適当な言葉で流さない論理性には恐れ入る。

私もお仕事で韓国人のコミュニティに行きますが、本当に礼儀正しくてやさしい人達ばかりです。そんな人達に「ニホンジン、カンコクきらいでしょ?」って言われると泣けてきます。政治面でいざこざがあるかもしれないけど、あの人達個人は嫌いじゃないです。ちゃんと仕事のパートナーとしてwinwinできています。みんなもっと色んな国々の人達と友達になればいいのに。「大陸に帰れ」ってヘイト発言している人には近寄りたくないし、同じ日本人として恥ずかしい。政治的な抗議するなら相手の政府にするべきであって、移り住んだ人には関係ないのです。

 

空間亀裂/フィリップ・K・ディック

空間亀裂 (創元SF文庫)

 

西暦2080年、地球は人口爆発に陥り、史上初の黒人大統領候補ブリスキンは惑星植民計画の再開を宣言するが…というお話。

ディック60年代玉石混淆の「石」の方も大体読み進みました。巻末の解説で「十段階で二点」って、もう何回見たことか。いいの、それでも読むんだもん。

今回は、主人公が黒人の大統領候補とめずらしい設定で、オバマ前大統領を彷彿させてくれます。そして愛人、離婚、売春婦、と色っぽいお姉様がたくさん出てくるので、私生活で一体何があったんだディックって感じ。(その辺は解説に詳しく載ってました)

ディック作品の「石」の方は、積み重ねた積木(設定)をガッと壊して、ふらふらになりながらも無事完成又は、丁寧に積み重ねていって突然終わるパターンかのどちらかだと思うのですが、今回は後記の方。クライマックスはページが足りなかったのか、とても早すぎて理解が追いつかなかったです。

好きだったエピソードは、高名な医者の裁判沙汰のために医者の愛人を世間が探していたころ、修理工が医者のマシーンに亀裂を偶然見つけて、亀裂の中は別世界(パラレルワールドみたいな)で、愛人はそこに隠れていたというところ。

愛人を異空間に隠す!という発想。なかったわー。

すべての見えない光/アンソニー・ドーア

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)

 

第二次世界大戦時のフランス、サン・マロを舞台に、ドイツの少年兵とフランスの盲目の少女との出会いを描く物語。

時間に拘束される長いお仕事が終わったので、こうして本腰を入れて読書ができる歓びをかみしめています。この本はTwitterで話題になっていて、気になっていたところ、図書館で見つけて小躍りしてカウンターに持っていきました。

美しい詩情に酔いしれながら、緊迫したスリルの500ページ。孤児の少年の生い立ちと盲目少女の生い立ち、そしてアメリカ軍の爆撃を受けるフランス沿岸沿いのサン・マロ要塞の緊迫の5日間がクロスしながら短い章で進むので、ぐいぐい読めます。この激しい空爆の中で、一体いつこの2人は出会うのだろう…とハラハラしながら。呪いの宝石、貝殻、ラジオ、模型、桃の缶詰など小道具もいいスパイスです。文章が素晴らしく美しかった。あれもこれも感想を書きたい!けど書いたらネタバレになるなぁ。

マネック夫人が作る料理がとても美味しそうでした。サン・マロってアメリカ軍の攻撃で88%も破壊されたにもかかわらず、戦後に崩壊したものをすべてナンバリングして拾い集めて、復興したそうですね、すごいな!いつかサン・マロに行って海風にあたりながらガレットを食べてみたいです。(多分、ヴェルナー少年のことを思い出して泣いちゃいそうですが)

目を開けて。目が永遠に閉じてしまう前に、できるかぎりのものを見ておくんだ。