夜空と陸とのすきま

SF好き SF小説1000本ノックを目指しています

メモリー・ウォール/アンソニー・ドーア

メモリー・ウォール (新潮クレスト・ブックス)

 

アンソニードーアの「すべての見えない光」を読み終えて、その前に出版された短篇集「メモリー・ウォール」を借りてきました。短いけれど厚い6つの物語。自然の中が舞台で、におい、光、植物や虫と鳥の描写なども入れてくるのでその場にいるかのような錯覚を覚えます。特ににおいは映像で表現できないんだなと気がつきました。

息子は父にしがみつく。そのひたいが、フェコの胸骨に石のように当たる。その髪は、ほこりと、鉛筆の削りかすと、煙のにおいがする。雨音が屋根に静かに響く

う、美しい…。鉛筆の削りかすのにおいかぁ。
どの物語も結末がはっきりせず、静かにフェードアウトしていくことも多いのですが、そんなあやふやな感じも好きです。

 

「メモリー・ウォール」
近未来の南アフリカ、痴呆症の老女の記憶はカートリッジに記録され、自由に保存・再生できるー
壁一面に老女の記憶を留めたカートリッジが貼り付けられる光景はSFチック、長年連れ添った夫婦だって愛し合う日々も冷めている日々もあった。そして、痴呆症の恐怖と小説「宝島」をかけてきたのが唸った。

 

「生殖せよ、発生せよ」
好きな言葉ではないですが、いわゆる妊活のお話。忘れがちだけど生命の誕生は奇跡的なこと。自分の出産経験も諸々思い出した。

 

「非武装地帯」
赴任先の朝鮮半島で傷ついた鶴に出会う青年米兵のお話。鶴は韓国では「平和の鳥」と呼び、北朝鮮では「死の伝令」と呼ばれるんですね。

 

「一一三号村」
ダムに沈む中国の村で、作物の種を売る種屋の女とその息子の話。種屋のセリフがとても良かったです。前に読んだ閻連科の「年月日」に通じる感じ。

 

「ネムナス川」
孤児となった少女が、祖父のいるリトアニアに引っ越し、ネムナス川で絶滅したチョウザメを釣る話。近所の老女と毎日川で釣りをするんですが、ゆっくりと少女の傷心が癒やされていく過程が見事でした。

 

「来世」
ナチス政権からアメリカに逃れた孤児少女の話。戦時下とアメリカで過ごす老後の日常が繰り返して進みます。とても悲しい話ですが、締めが子供達の遊ぶ声で終わるので救われました。

子どもたちは暗闇を押し戻す。記憶をパンくずのようにまき散らして進む。世界は作り直される。

子ども時代はあちこちに埋められている。埋められた子ども時代は、その人が戻ってきて掘り出してくれるのを待っている。

 

移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活/高野秀行

移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活 (講談社文庫)

 

録り溜めた深夜テレビ番組「クレイジー・ジャーニー」をひたすら見て消化しているこの頃、高野秀行氏もその番組で知りました。番組内で「ちっとも本が売れない」とぼやいていましたが、この人の本すんごく面白いよ!某百田氏の本よりこういう本がベストセラーになれば、誰もが住みやすい国に近づける気がする。みんな読もうよ!

という本心はさておき、この本は普段は世界中を旅しているノンフィクション作家の高野氏が、日本に移住、移民している外国人のコミュニティに「突撃!となりの晩ご飯」取材を行い、我が身を振り返りながらも面白くとりまとめた本です。

巻頭を飾る色とりどりの各国の料理も美味しそう。本書で紹介されていたイスラム系は毎日こんな手の込んだ料理してんのとびっくりです。そういえば最近、気合い入れて料理してないなーと思い立ち、2時間かけて皮から手作りの水餃子を作ってしまいました。粉まみれで大変だったけれど、家族に大好評。毎日はしんどいけど、たまにはいいね。

そして第9章の「西葛西のインド人」、在日インド人ヒンドゥー教徒新興宗教のISKCONが一緒にお寺を作ったことについて、高野氏とインド人の会話の箇所が凄いなと思ったので引用します。

「…やっぱりインドの人は寛容なんですね」。私が言うと、「寛容とはちがいます」ときっぱり否定された。「排他的ではないんです。いろいろな考え方があって、どれが正しく、どれが間違っているとかではない。どれも正しい。それを理解するということです」
 ハッと目が覚める思いだった。たしかに「寛容」とは「間違った存在や行動を大目に見る」という上から視線がある。だがインドでは自分とはちがうものが同居していることが常態なのだ。それをわざわざ追い出す行為が「排他的」である。インド人の「共存」の意識とそれを適当な言葉で流さない論理性には恐れ入る。

私もお仕事で韓国人のコミュニティに行きますが、本当に礼儀正しくてやさしい人達ばかりです。そんな人達に「ニホンジン、カンコクきらいでしょ?」って言われると泣けてきます。政治面でいざこざがあるかもしれないけど、あの人達個人は嫌いじゃないです。ちゃんと仕事のパートナーとしてwinwinできています。みんなもっと色んな国々の人達と友達になればいいのに。「大陸に帰れ」ってヘイト発言している人には近寄りたくないし、同じ日本人として恥ずかしい。政治的な抗議するなら相手の政府にするべきであって、移り住んだ人には関係ないのです。

 

空間亀裂/フィリップ・K・ディック

空間亀裂 (創元SF文庫)

 

西暦2080年、地球は人口爆発に陥り、史上初の黒人大統領候補ブリスキンは惑星植民計画の再開を宣言するが…というお話。

ディック60年代玉石混淆の「石」の方も大体読み進みました。巻末の解説で「十段階で二点」って、もう何回見たことか。いいの、それでも読むんだもん。

今回は、主人公が黒人の大統領候補とめずらしい設定で、オバマ前大統領を彷彿させてくれます。そして愛人、離婚、売春婦、と色っぽいお姉様がたくさん出てくるので、私生活で一体何があったんだディックって感じ。(その辺は解説に詳しく載ってました)

ディック作品の「石」の方は、積み重ねた積木(設定)をガッと壊して、ふらふらになりながらも無事完成又は、丁寧に積み重ねていって突然終わるパターンかのどちらかだと思うのですが、今回は後記の方。クライマックスはページが足りなかったのか、とても早すぎて理解が追いつかなかったです。

好きだったエピソードは、高名な医者の裁判沙汰のために医者の愛人を世間が探していたころ、修理工が医者のマシーンに亀裂を偶然見つけて、亀裂の中は別世界(パラレルワールドみたいな)で、愛人はそこに隠れていたというところ。

愛人を異空間に隠す!という発想。なかったわー。

すべての見えない光/アンソニー・ドーア

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)

 

第二次世界大戦時のフランス、サン・マロを舞台に、ドイツの少年兵とフランスの盲目の少女との出会いを描く物語。

時間に拘束される長いお仕事が終わったので、こうして本腰を入れて読書ができる歓びをかみしめています。この本はTwitterで話題になっていて、気になっていたところ、図書館で見つけて小躍りしてカウンターに持っていきました。

美しい詩情に酔いしれながら、緊迫したスリルの500ページ。孤児の少年の生い立ちと盲目少女の生い立ち、そしてアメリカ軍の爆撃を受けるフランス沿岸沿いのサン・マロ要塞の緊迫の5日間がクロスしながら短い章で進むので、ぐいぐい読めます。この激しい空爆の中で、一体いつこの2人は出会うのだろう…とハラハラしながら。呪いの宝石、貝殻、ラジオ、模型、桃の缶詰など小道具もいいスパイスです。文章が素晴らしく美しかった。あれもこれも感想を書きたい!けど書いたらネタバレになるなぁ。

マネック夫人が作る料理がとても美味しそうでした。サン・マロってアメリカ軍の攻撃で88%も破壊されたにもかかわらず、戦後に崩壊したものをすべてナンバリングして拾い集めて、復興したそうですね、すごいな!いつかサン・マロに行って海風にあたりながらガレットを食べてみたいです。(多分、ヴェルナー少年のことを思い出して泣いちゃいそうですが)

目を開けて。目が永遠に閉じてしまう前に、できるかぎりのものを見ておくんだ。

黒豚姫の神隠し/カミツキレイニー

黒豚姫の神隠し (ハヤカワ文庫JA)

 

沖縄+ジャケ買い

沖縄の離島に住む映画好きの中学生ヨナは、東京からの転校生・波多野清子が歌う姿に一目惚れして、ぜひ映画を撮りたいと思い立つが、偶然、波多野の後ろに怪しい黒い影を見てしまう。「私は黒い豚に呪われている」ー美少女の深まる謎とは…という話。

私は同じく沖縄出身作家の池上永一が大好きなので、オバァ・豚・妹・ニライカナイの神々とくれば、池上さんの『風車祭』(最後の水攻めまでなんか似ている…)がデジャウのように脳内にちらついてしまったのですが、まあこれはこれで楽しめました。『風車祭』のエロいどきつさを薄めて、『千と千尋の神隠し』を追加した感じ。

ヨナが映画を撮りたいきっかけとなったのが、「オズと魔法使い」を観たからというのが、YouTubeばかり見てる今どきの中学生にありえなさそうだったけど、ドロシー役のジュディ・ガーランドのヤク中を絡めてきたので可笑しかった。巧妙な仕掛けも満載で、後半まで読んで初めてタイトルの意味がわかるというどんでん返しも良かったです。

神を偉いと位置づけるのは、人間ぬ勝手やさ。あれらは何でも願いを聞いてくれる都合のいい存在じゃない。人間ぬ上でも下でもない、そばにいるもの。人間に近く、やしが人間ではない。それが沖縄の神々やさ

ユタである駄菓子屋のオバァのセリフ。こういう絶体的一神教にはない感覚がいいなぁ。

そういえばショッピングモールのスタバでこの本を読んでいて、お店を出たらモール全体がバレンタインフェア中で、臨時チョコ売り場に発泡スチロールの大きな鳥居と、願い事を書く絵馬(赤いハート型の台紙)と奉納場所まで設置してあって、ヤマトンチュはとうとうバレンタインチョコの神様を作りやがったと目眩がしました。